―――木漏れ日を浴びて、その蜂蜜色の髪がきらきらと綺麗だったから。

「やっぱジェイドの髪ってキレイだよなぁ…」

近寄ってちょい、と肩に垂れる髪を掴んで言えば、彼は驚いたような顔をしてこちらを見下ろす。それどころか、周りにいた仲間たちまで唖然とした表情をこちらに向けていて。

「な、何だよ…見たまんまを正直に言っただけじゃんか…」

集まった視線に思わずたじろげば、不意にぽん、と肩を叩かれる。見上げれば、さっきまでは言われて驚いた表情を浮かべていた彼が、満面の笑みを称えてこちらを見下ろしていて。

 

「ルーク。そんな事言って…私を口説いてるんですか?」



+正直な口+



「それにしても今日のは…なかなか面白かったですよ」

喉の奥でくっくっと笑うように、彼は言う。ここは宿屋。自分はベッドの縁に座り、彼は机の横でそれを見下ろす。自分はと言えば仲間にもからかわれ、彼にもからかわれ、顔がずっと熱くてかなわないと言うのに。

例えそれがもとを糾せば、自分の言動によるものだとしても。

「そ、そんな事言ったって…綺麗だったんだから仕方ないだろ!」

もはやもう開き直るしかなくて、言い放つと彼から視線を外した。すると背後では、相変わらず彼が笑う声がしていて。

「そう言う褒め言葉は女性…そうですね、ティアのような髪の方に言ってあげた方がいいですよ」

「う〜…そりゃあティアの髪だってキレイだけどさ…」

けれどもティアの髪は落ち着いた優しい色をしていて。どちらかと言えば闇にしっとりと溶け込むような感じなのに対し、彼の淡い蜂蜜色の髪は光に透けるような感じなのだ。

それはきらきらしていて、自分には眩しすぎるくらいの。

「いいじゃんか!もう…俺がジェイドの髪が好きなんだから仕方ないだろ!」

本当は髪だけじゃない。赤い目も、手も、声も、唇も…匂いも、全部好きなんだ。ジェイド・カーティスを形どるすべてが好きで、大切で。その想いをからかわれるのは嫌だ。

―――例えそれがその当の本人だとしても。

「…やれやれ」

そっぽを向いたままむうっとしていると、彼の口から溜息が漏れる。カツ、と足音がした。

「そんなに怒らないでください、ルーク」

「だって…みんなして俺の事からかうんだもん」

傍に寄って来た彼が、こちらの足元に膝をつき、膝の上で握っていた手を包み込んだ。自分より少し低い体温は穏やかで、思わずちらりと横目で彼を見遣る。

するとにこりと笑う彼と目が合って、慌ててまた視線を反らした。その様子さえ笑われて。

「まあ正直に言いますとね、この年でそんな風に言われると…照れるんですよ」

『照れる』…彼の口からは滅多に出ない言葉を聞く。今度こそ恐る恐る彼の方を向けば、彼は苦笑していて。

「本当に口説かれているのかと思って、胸がときめきました」

「くど…っ!?そ、そんな事…」

「しかも皆の前で…ルークは大胆ですね」

くすくすと、まるで風がそよぐような笑い声から、そちらを向いてしまったせいで目が反らせない。こちらの手を握ったままの彼は、笑みを浮かべたまま、顔を覗き込んできて。

吐息がかすかに触れる距離で、とまる。

「でも嬉しいかったですよ。好きな人に自分を褒めてもらえるのは、男であれ女であれ、胸がときめくものです」

そのままつい、と体を伸ばした彼がキスをくれる。離れ際にお礼ですよ、と囁いて。

「―――好きなんだからな」

「えぇ、わかっていますよ」

「〜〜〜〜〜っ」

 少しだけ熱の上がった頬を擦り、呟けば、彼は少しもためらわずにそう言い放つ。その自信がありありと溢れている言葉を聞くと、照れる、と言う言葉すらも本当にそうなのかと疑わしい。

 けれどもそんなじとりとしたルークの疑わしげな視線を受けつつも、彼はまったく気にも留めずに離れていく。その後姿を視線で追えば、窓の傍に備え付けられた机の横に立った彼に、カーテンの隙間から月明かりが射した。

 ―――蜂蜜色の髪が、銀色の光を受けて秘めやかに輝くその様を。

 

「…キレイだ…」

 

 思わず呆然と、無意識のように呟いてしまう。

 すると言われた方の彼が、何故か深い溜息を吐き出した。

「―――ルーク」

「だ、だって本当にキレイなんだからな…!」

 咎めるように名前を呼ばれて、けれども自分が思った事を否定することは出来ない。綺麗なものを綺麗と言って何が悪いのだろう。綺麗って、別に嫌な言葉じゃないのに。

「貴方って人は…」

「ご、ごめん」

 彼の口から、何度目かの溜息が漏れ出る。その溜息の重さに思わず謝れば、彼の手が隙間の開くカーテンにかかった。

そして一気に、全開までそれを開ける。

 

 ―――雲ひとつない夜空にうかぶ、白銀の月。

 

 その月明かりを逆光に受けて、彼の髪がきらきらと輝く。目を見張るような美しい光景。

その中で、彼は苦笑していて。

「あまり大人をからかう悪い子には、お仕置きが必要ですか?」

 見上げるこちらに、静かに彼が歩み寄ってくる。歩くたびに肩で揺れる蜂蜜色の髪が月明かりを受けて輝き、そこから目を離せない。

 まるで宗教画から抜け出たような―――…。

「本当、調子を狂わされっぱなしですよ。貴方には」

「……っ」

 思わず手を伸ばしかけた時、ぎし、と気付けばベッドに押し倒されていて。こちらに覆い被さった彼が笑いながら、額にキスをくれる。

「気を付けなさい。…あんまりそういう事ばかり言われると、いくら私でも抑えられなくなります」

 脅すような言葉なのに、あくまで彼は笑っていて。

「だって本当に…キレイなんだから」

「ルーク」

 覆い被さった彼の肩から、こちらへと髪が垂れてきている。それを摘んで口元に持っていけば、甘い蜂蜜の匂いがするのかとさえ思う。

 実際には、自分の好きな彼と同じ匂いがするのだけれども。

 

「…好きなんだからな、全部」

「―――愛されてますねぇ、私ってば」

 

 その髪に包まれて、まるで夢の中のように呟くと、クックッと彼が頭上で声を立てて笑った。









ジェイドの髪って、さらさらしてそう。
こう、ルークは素直ちゃんなので、思った事は正直に口にしちゃうんですよ。
これは別にジェイドに対してだけとは限らないと思うのですが、
言われたらまず襲いますね、うちの眼鏡は。