頭を撫でられるということは子供扱いされるみたいで本当は嫌なのに。緩やかに、髪の毛をくしゃくしゃと撫でられるのが酷く心地良くて…幸せで。

「このままだと眠ってしまいそうですね」

柔らかく笑みを含んだ声音が余計に眠気を誘って。

このままでいられたらどんなに幸せなのだろうと、叶いもしない事を夢に思う。

 

+離れない手+

 

 

ベッドの縁に座って本を読む彼の横で、ごろりと寝転がる。ただ暇をしているわけではなくて、傍にいたいだけ。特に構ってくれなくても良かった。

…それなのに、ふと降って来た手の平は、本を読む片手間に、まるで動物の頭を撫でるよう、こちらの頭を撫でてくれていた。例え片手間だとしてもそれは大変心地が良く、昼間の疲れも合間ってとろとろと睡魔が訪れ始めている。

「ルークは頭を撫でられるのが好きですね」

それでも何とか睡魔と戦いながらいると、くすりと彼が笑う。

「子供扱いされるのを嫌がるから、こうされるのも嫌なのかと思っていました」

「そんな事…ない。けど、子供扱いは嫌いだ」

「矛盾してますよ」

「それは分かってるけど…」

例え実際は七年しか生きてないとしても、自分は十七歳のつもりで生きて来たのだ。あからさまに子供扱いをされては、例え誰だっていい気はしない。

けれどもこの手は、この優しく髪を撫でる手だけは嫌いになれなかった。

「…俺、あんまり頭撫でられた事ないからかなぁ」

 ふと、知り得る範囲での記憶を探る。

父に頭を撫でられた記憶はないに等しく、母に至っては抱き締められた記憶のが多い。ガイも使用人という立場だった事もあり、頭を撫でられるのは人の目のないところだった。

―――唯一記憶が鮮明にあげられると言えば…。

「頭を撫でてくれたのは―――ヴァン師匠、くらいかな…」

「………」

呟いた名前に、ぴく、とジェイドの指が動いたような気がした。

でもそうだ。屋敷に軟禁されている時、一番自分の頭を撫でてくれていたのはヴァンだった。稽古で教えられた事が上手く出来た時、いつも頭を撫でてくれたのは彼。大きな手だった。わしわしと少し乱暴な撫で方で、それでもものすごく嬉しかった記憶。

…けれども敵として決別し、その思惑を知った今となっては、その時の彼の気持ちがどのようだったのか、考えたくもないのだけれど。

「………」

それを思うと、もやもやと暗いものが胸にこみ上げてくる。

与えてられていたのは、偽りの優しさ。内に計り知れない憎悪を込めた、偽物の。

「―――ルーク」

「え……うあっ!?な、ジェイド?」

 いきなり横で本を読んでいたはずの彼が、上へと圧し掛かってきた。覆い被さられるのではなく、乗られる。うつぶせに寝転んでいたこちらの背中にかぶさるように乗ってきて、抱き締められた。

 そして……。

「わ、わ、何…なんだよ〜!?」

 わしわしと乱暴に頭を撫でられる。さきほどまでの優しく、梳くような撫で方とはうってかわって、無遠慮に髪をかき乱す、乱暴な撫で方。

「ジェイド!!」

「……忘れなさい」

「…?」

 困惑して、名前を呼んだ。するとそれが通じたのか、ぴたりと手を止まる。

けれども代わりに、低く、けれどもよく通る声で彼が呟いた。肩越しに背中に圧し掛かる彼を見れば、その顔に笑みはなく。

「―――痛いのなら、忘れてしまえばいい。辛いのならば、思い出さなければいい」

 呪文のような言葉と共に、髪に再び手が下りてくる。今度こそは、彼特有の緩やかな撫で方だ。眠気を誘うように、指先が頭をくすぐる。

「…世の中は忘れてはいけない事の方が多いですが、忘れてもいい事もあるんですよ」

「ジェイド…」

「特に貴方の場合は、それを取捨していかないと…」

 重圧に潰れてしまう、と。

 アクゼリュスの事、シェリダンの事、人を殺した事、自分が偽物だった事…そのどれもが自分に重く圧し掛かる。けれども、どれも忘れてはいけない事。忘れては…今の自分が生きていく意味がなくなってしまうのだから。

 だからせめて、せめてそれだけは忘れろ、と。

 偽りの幸せの記憶は、真実を知った今心に小さな棘を残す。それはいつまでも、いつまでも、膿むように痛みを残すばかりで。

 心から出た膿は、また何か痛みを生み出すのだろう。

「―――でも、忘れられないよ」

「ルーク」

「これも、忘れちゃいけないんだ」

 自分を構成するすべては、誰よりも少ない。例えそれが偽りだとしても、一方的なものであったとしても、捨てる事も忘れる事も出来ない。

その分だけ、自分を失ってしまうのだから。

「だから…ありがとう」

 言えば、ごろんと仰向きに転がされた。今度こそ真上から、彼が見下ろしている。

 顔には、いつもの笑みが戻っていた。

「…本当にお馬鹿ですね、貴方は」

「わ、悪かったな」

「馬鹿な子ほど可愛いと言いますが…馬鹿ですよ。本当」

「バカバカ連呼するな…よ」

 む、とむくれれば、冷たい手に頬を包まれ…キスをされる。ただ唇を合わせるだけのキス。それはすぐに離れて、代わりにまた頭を撫でられた。

 この感触も、今の自分を構成する要素の一つ。

 知っている中で一番優しくて、心地よくて、…泣きたくなる感触だ。この感触を知っているから、すべてを受け入れられるような気がする。つらい時も、幸せな記憶を持てるから。

「…なあ、ジェイド」

「はい?」

 呼んでも、手は離れない。

「…俺が寝るまで、頭撫でてて」

「それは疲れますねぇ」

 言いながらも、彼は緩やかに、優しく頭を撫でてくれる。もう既に半分眠いような気分だったから、それはすぐに訪れる筈だろう。

だからせめて、その時まで。

 

「…貴方が欲しいのならば、いつだって、いつまでだって、与えてあげますよ」

 

 この優しさを忘れぬよう、刻み付けておきたかった。









眼鏡、ヴァン師匠に嫉妬するの巻き。
二人でくっついて、ジェイドはずっとルークの頭を撫でてればよい。

あー。
何だかんだ言って、ウチのジェイドはルークを甘やかしすぎなのかもしれません。
やばいな…原型を留めなくならないようにしないと。