「…うっわ、いってぇ…」

「ルーク?」

 聞こえた声に、思わず顔を上げる。

 彼はベッドの上で剣の手入れを行っていた。自分の槍もそうだが、武器と言う物は日ごろの手入れが大切。例えどんなに高価で良い剣も手入れを怠ればただの鈍らと化すほどに。

 だがそう毎日研ぎ屋に出すものでもなく、使い手として、日ごろの手入れは欠かせない。

 剣を使う彼もそれを当たり前のように行っていた。だが日常的な作業の最中に……。

「どうしました?」

 声に気になって本を置き、彼の手元を覗き込む。すると彼は剣を置き、左の手の平を上を向けてうなった。

「うー。ばっかみてぇ、指切った」

 

 

+心配させて+

 

 

「見せてみなさい」

「え、いいよ。大した事ないから舐めておけば…」

 切ったのは利き腕の方か。刀身を研き粉を付けた布で戦闘の際に付着した血や、体液をふき取る作業中に指を切ったらしい。

手首をとり、傷を見れば、親指の腹に一筋の赤い線。それは見ている間にみるみる赤い雫を膨れ上がらせ、やがては垂れそうなほどの玉になる。

「ジェ、ジェイド、汚れるよ」

「…いいから」

「わ」

 その様子を凝視すると、彼は手を引こうとする。けれどもそれを許さず、その指に顔を近付け―――口に含んだ。

「ジェイド…!」

「…ん…」

 指を含んだ瞬間、口の中に鉄サビのような味が広がる。それに構わず少し強めに吸って、血が流れるのを促した。

「〜〜〜〜〜っ」

 ちゅ、と溢れ出てきた血を吸い上げると、彼の指が跳ねる。ちろりと視線だけ上げると、彼の顔は真っ赤で。

 だがけして嫌がらせや、そういう意味でやっているわけではない。もしかしたら彼の命にだって関わりかねない、重要な事なのだ。

「…っ」

 ジェイドは血を吸い上げたまま顔を上げると、ハンカチを取り出してその上に吸い上げた血と唾液を吐き出す。それでも口の中の血の味は消えなくて、どこかでちかりと痛みが瞬くのを感じたが。

 それでも今は、それより優先することがある。

「―――剣に付着していた魔物の血や体液に毒性がないとも限りません。少々血を吸い出しましたから、恐らく大丈夫だとは思いますが」

「あ、そうか…ありがとう」

「一応パナシーアボトルを飲んでおきましょうか」

 道具袋をあさり、解毒薬を用意する。

 こういうことはしっかりしておいた方がいい。大切な彼を汚す要因は、放っておくわけにはいかないのだから。

「はい」

「ん。サンキュ」

 手の平に収まるほどの小瓶を蓋を開けた状態で渡し、飲ませる。ちゃんと飲んだ事を確認したら、今度は傷口に軟膏を塗って、テープで固定して。明日剣を握るのに支障が出るようなら、ティアかナタリアにヒーリングしてもらえばいい。

だがもし毒が少しでも体内に回っていたら、今夜は熱が出るかもしれない。それならば先にナタリアにキュアを……。

 そこまで先走って考え、ふと気が付く。

(―――私もずいぶんと過保護になったものだ)

「ジェイド?」

 思わず自嘲気味に笑ったのを、彼が気が付いたようだ。空になった小瓶を握り、こちらを不思議そうに眺めている。

「どうした?」

「あぁ、いえ。ちゃんと飲みましたか?」

 空の小瓶を見れば分かることを問うと、うん、と彼は大きく頷く。

「飲んだよ。ジェイドは飲まなくていいのか?」

「おや、心配してくれるんですか?」

「だって…俺の血、吸い取ってくれたし…そこから、もしかしたら毒が体の中に入っちゃうかもしれないだろ」

 どうやらこちらの事を心配してくれているらしい。まあ確かに血に毒が混ざっていたのならば、直接吸い出したこちらの口内に残っていてもおかしくはないだろう。

 だが、少量の毒程度には耐性がついている。必要に迫られて色々試した結果が、こんな時に役に立つものだが…。

「そうですね、少し心配ですね」

「なら」

「じゃあ、貴方のを少しもらいますよ」

「え」

 それをわざわざ彼に教えてやる必要もないだろう。純粋な彼は、そんな暗い大人の事情など知らなくてもいいのだから。

 ―――それでも、彼の心配は心地よい。

心配してくれる彼の顎をすくいとって、キスをする。すると意外にも素直にそれに応じて、唇を割って舌を入れても、彼から文句が出ることはなかった。

唾液の味が苦甘いのは、パナシーアボトルの味。

「…ん…」

「は、ぁ…」

 さきほど指から血を吸ったように、舌から唾液を奪って離れれば、ぎゅ、と彼がこちらの袖を掴んでくる。

「はあ…こ、これで大丈夫か?」

「…えぇ、大丈夫でしょう。ありがとうございます」

 少し苦く、甘い味のする彼の唾液を大切に嚥下し、いまだ心配してくれる彼の前髪をかき上げて、キスを与える。最初はこちらが心配しての行為だったのに、気付けば心配されているのはこちらの方になってしまっているのに、内心苦笑する。

(敵いませんね…)

 その優しさ、純粋さに。

 それもまた、心配の種なのだけれど。

「そっか。良かった!」

「ふふ、じゃあ傷が開かないように、薬を塗って処置をしましょうか」

「うん」

 にこりと笑って素直に左手を差し出す彼の指に、適切な処置をしていく。おとなしいものだが、軟膏を塗った時は少し沁みたのか、ぴく、と肩を震わせて顔をしかめたのが視界の端に映る。

「沁みましたか?」

「ちょっと…」

 あまり大げさにする程もないが、一応小さく切ったガーゼを当てて、包帯をぐるぐる巻きにしてやる。すると親指が元の太さの倍くらいになってしまって、それを見た彼が困ったような顔をした。

「ちょっとやりすぎなんじゃ…」

 確かに少々やりすぎたかもしれない。それほど心配はしているのだと、分からせてやりたいからしたのだけれど。

 だからそれ以上はそこに触らず、用意した医療道具をしまいつつ、しらばっくれる事にした。

「そうですか?ですが、その様子じゃあお風呂は一人では入れませんね。私が一緒に入って洗ってあげましょうか」

 親切心で言うと、びくぅっと彼が大きく肩を跳ね上げさせる。

「え、い、いいよ!それくらい右手でも…」

「せっかく処置した所を濡らされたくありませんから。ね?」

「う…」

 手当てしてもらった手前、あまり強く拒否も出来ないのだろう。そこを付け込むのも可哀想だと思うが…。

心配しているのだ、こちらは。これ以上心配されたくなかったら、心配されないようになりなさい、と。

 

「大丈夫、ちゃんと綺麗にしてあげますよ。貴方がおとなしくしていてくれれば」

「ジェイドがおとなしく体洗ってくれるなら、な…」

 

 まだまだ当分は、彼の事を心配していてあげたいと思ってしまう、そんな自分もいるのだけれど。









ジェイドは毒殺されない為に、毒物の耐性とか付ける訓練してる設定とか萌えます(意味不明)
ルークを心配してるのに、逆に心配されたり。
甘いなあ…甘々ですよ、ばかっぷる…///(喜)