―――幼い彼の唇はまだ柔らかく、キスの味すらろくに知らないものだった。

 それが今では、与えると戦慄き、震え、やがては従順になる。精一杯こちらの唇を受け止めようと、彼は無理をする。

 幼い彼に欲望の味を教えたのは自分。

 ―――唇で支配する。

 それはもっとも簡単で、稚拙な愛情表現。

 

 

+唇の支配+

 

 

「ルーク」

 呼べば、その意味を理解して彼がびくりと震える。

「―――おいで」

 何故呼ぶのか、それは口にしない。彼にはもう、名前を呼ばれただけで自分に何を求められているのか理解するよう、躾けてある。

 そうでなければ、名前を呼ばれた時点で震えない。

「ジェイ、ド」

「…私を待たせるつもりですか?」

「…っ…」

 ベッドの縁に座るこちらへ、のろのろと彼はやってきた。見下ろす位置で、止まる。

「どうしました?」

「…だって」

「私が呼んだでしょう?」

 ぎゅっと握られた拳に触れて、包む。両手ともに。

「ルーク」

「〜〜〜っ…分かったよ!」

 再度呼んで手を離せば、離した手がこちらの肩に触れる。少し腰をかがめ、視線を上げたこちらへと……。

「…〜〜〜こ、これでいいだろ!」

 唇を吸う音すらしないキス。ただ薄皮をぶつけるだけのキスで、彼は離れた。たったそれだけしかしていない癖に、顔を真っ赤にして。

 彼からするにはこれが精一杯なのだろう。

それなのに、自分は。

「もっと、ルーク」

「ジェイド!」

「その程度で満足するよう、呼んではいません」

 逃れようとする腰を抱いて、こちらに強引に引き寄せる。するとバランスを崩した彼は、こちらの膝の上に座るような体勢になって。

 思わず肩にすがってきた手の感触は、服越しにも少し緊張の汗に湿っているのが分かる。その様子に笑い、目の前にある、まだ少し幼さの残る顎のラインに唇を寄せた。

「…それとも、私にしてほしいのですか?」

「!」

 腰を抱く手で、するりとズボンの履き口の辺りに手を入れて腰を撫でる。するとあからさまにびくりと震えて、唇が何事か言いたそうに戦慄いた。

「―――ルーク?」

 何を言いたいのか分かったが、分からない振りをした。

 伝えたければ言葉にすればいい。言わなくても伝わるのは名前だけ。名前を呼べば、それだけで伝わるのに。

「ジェイ、ド………ジェイド」

「…そう。いい子だ」

 呼ばれて、彼が顔を近づけてくる。深い海の底のような碧色の目は閉じられていたが、自分は目を閉じなかった。

「…ん」

 唇が触れ、僅かに隙間を作ってやると、そこから躊躇いがちな舌が入り込んでくる。こちらとのキスで学んだ行為だが、まだ少し躊躇いがある。まるでこちらの反応を伺っているような、びくびくとしたキス。

「…っ…」

 それに目を閉じているから彼には分からずとも笑い、口の中でどうしたらいいのか迷っているような彼の舌を、こちらの舌で突いてやった。

 ちろりと舐めて、誘う…いや、許してやる。

「…ん、む…ぅ…」

 肩に置かれた彼の指が、くっと服越しに皮膚に食い込んできた。それすらも甘美な痛みと感じ、彼の拙い舌の愛撫を受ける。開けたままの目で彼の顔を観察すれば、少し眺めのまつ毛が震えていた。

 ―――キスをされているのはこちらなのに、まるで泣きそうなのは彼。

「…は…ふぁ…あ…」

 苦しいのか、それでも最後は舌を絡めてやると、彼はずるりとこちらから離れた。軽く膝立ちしていたのに、ずるずると崩れると、こちらの肩にすがり付いてくる。

 その背中を抱き、髪に指を入れて梳いてやる。たったあれだけの事で、彼の髪の中はしっとり湿っていた。

「へたくそですねぇ」

「…っ、う、うるさい…っジェイドが、ジェイドが呼ぶから…!」

 名前を連呼されるのも心地が良い。

 へたくそではあったが、口の中に、唇に、彼の感触は残る。違った意味での快感に、今回ばかりは及第点を与えてやるのもいいだろう。

 ―――ご褒美を、与えなくては。

「そうですね、呼んだのは私です。そして貴方は応えてくれた…だから、ご褒美をあげましょう」

「え、わ、お、おい…っや…ん、んん…!!」

 肩にうずまる顔を上げさせ、頬を包むようにして引き寄せる。こちらの言葉を理解しきれなかった彼の唇はひどく無防備で、幼くて。

「ん、ぁふ…っは、あ、…ん」

「――――…」

 さきほどもらった稚拙なキスと同じ事を、彼の口内に与える。ただし、こちらのキスの方が数十倍もうまいのだが。

 唇を割って、歯列を舐め、舌を突いて、絡めて、唾液を吸って。

 深く、深く、深く、彼を味わい尽くす。

 ―――自分とのキスの仕方を教えるために。

「も、…や、ぁ、ジェぃ、ド…ぉ」

「………ふ…」

 震える手がこちらの腕を掴み、キスの最中に懇願する。幼い彼は自分のキスに耐えられない。

 それでも止めない。まだ、支配しきれていない。

「…ん、く…っ…ぁ、あ…」

 かり、と頬を包む手の甲を、彼の爪が緩く引っかく。舌をしつこく吸うと、ぢゅ、と唾液が鳴って、彼の唇の端を汚す。それは流れて、顎を伝い、首筋まで垂れて。

「……ぁ……」

 がくん、と完全に彼の膝が崩れた。そのまま後ろへ倒れそうになるのを抱きとめ、肩にもたれかけさせるように頭を押さえた。されるがままの彼はそのまま、こちらの背中へとすがってくる。

 耳を澄ませば聞こえる鼓動の音が、壊れそうに早い。大きく上下する肩は、キスの最中の呼吸が下手な証拠。

 それでも、最初の頃よりは『保つ』ようになった事は、褒めてあげるべきか。

「―――へたくそ、ですね」

「ジェ、ジェイドがしつこいんだろ…っ」

 ぽんぽんと背中を軽くあやすように叩きながら思わず呟けば、意識までは飛んでいなかったのか、そんな事を言われる。

 しつこいのではない。足りないのだ。

 躾と称した支配を、唇で。もっと、もっと、もっと。

 幼い唇に欲望を育てるのは自分。

 

 

 そして―――そう執着する自分を、支配して。









ただひたすらにキスが書きたかった話だったり。
ま、まあキスだけだから表ですよね。
軽〜く調教入ってましたが(苦笑)
でもヤマなしオチなしイミなし…。
書いてる本人だけが楽しかったような気も。