「はい、ルーク」 「女性陣みんなからだよ〜」 手渡された、きれいに包まれたピンクの箱。赤いリボンまでかけられて、ご丁寧に花のように結ばれて。 「はい、これ大佐の分」 「おや、ありがとうございます」 「ガイの分もありますわよ」 「おお。悪いなあ」 見ると、男全員が手渡されているそれ。渡しているのはパーティメンバーの女性たちで、渡されてるのは自分たち男。 「女性に触れないのはともかくとして、やっぱもらえると嬉しいよな〜」 「まさか旅先でも頂けるとは思っていませんでしたが」 「大佐ならグランコクマに戻れば、執務室に山程贈りつけられてるんじゃないんですかぁ?」 「う〜ん、どうでしょうねえ」 「あのさ」 「どうしたの、ルーク?」 各々盛り上がっているところに、自分の声が水を差す。けれどもこれだけはどうしても聞いておきたかった。 ―――どうやら知らないのは、自分だけ。 「これって何?今日はなんかの日なのか?」 +甘い罠+ 「バレンタインも知らないとは」 「し、仕方ないだろ!十歳から前の記憶はないんだし、屋敷で軟禁されてる時はそんな行事もなかったんだから」 「行事…まあ、行事といえばそうですね」 自分の質問は、まさに衝撃の告白だったらしい。 今日は世間では『バレンタイン』という、女の人が男の人にチョコレートを贈る日らしい。それは日ごろの感謝を込めたものであったり、特別な意味であったり。本命とか義理とか、何だか難しい分類もあるとかで。ひとまず今日もらったのは『日ごろの感謝を込めて』という分類にあたるらしかった。 開けてみて中身はそれぞれ違うのは、一応好みに合わせてくれたからということらしい。 「チョコレートかあ」 「正確には、バレンタインにあげるものはチョコレートではなくてもいいんですよ」 「そうなのか?」 「チョコレートをあげるようになったのは最近で、何でもケセドニアのカカオ商人が世界中にチョコレートを広めようとしたのが定着したみたいですね。本来はお世話になった人や家族に、花やカード、お菓子などを上げたりするんですよ」 「へえ」 ジェイドの雑学に感心しながら、もらった箱を開けてみる。中身は色とりどりのカラフルな丸いチョコレートが、六つ並んでいる。普通っぽいものもあるし、ホワイトチョコレートをコーティングしてあるものや、ナッツを砕いたものがかけられたチョコレートもある。 一つ摘んで口に入れれば、濃厚な甘さが口の中で溶けた。 「…ん、ジェイドのはどんなんだった?」 指に付いたチョコを舐め取って覗き込めば、彼の持つ箱の中には銀紙に包まれたものが並んでいて。 「チョコレートボンボンですよ。中にお酒が入ってるんです」 「ジェイドらしい〜」 「まあ大人ですからね。ルークはまたずいぶんと可愛らしいものをもらいましたね」 逆に覗き込み、彼が笑う。 「俺チョコ好きだから嬉しいよ」 「私はそれ程ではありませんが、まあ、たまに食べる分にはいいですよ。チョコレートは脳が疲れてる時にいいんです」 彼らしい言い方だが、女性陣にもらえた事は純粋に嬉しいと思っているようだ。銀紙をがさがさとはずし、チョコレートを一つ、口の中に放る。 「…ふむ、中のガナッシュに使っているキルシュは結構上等なものですね。これはお目が高い」 「ふーん」 酒の味のするチョコレートというのも想像がつかなくて、ただその様子を見ることしかできない。興味はあるが、酒自体あまり飲んだ事がないので、欲しいとは言えなかった。 「あ、でも世話になった人や家族同士とかって事は、女の人が男に、って訳でもないって事?」 「そうですね。本来はそういう意味ですから」 一つだけ食べたところで、彼は箱を机の上に戻す。自分はもう一つ箱の中から取り出すと、 「―――じゃあ俺がジェイドにあげてもいいって事か…でも、何も用意してないからなあ」 ぽつりと漏らしてそれを口の中に放り込んだ。するとふと視線に気が付いて見上げれば、彼が向こうで驚いたような顔をして、こちらを見ている。 「私にくれるんですか?」 「わ、悪いかよ。一応…世話になりっぱなしだし…」 意外、みたいな顔をされたものだから、少しむっとする。 けれども世話になりっぱなしなのは間違いない。思えば彼に世話になっていない自分なんて、今では有り得ないくらいなのだ。パーティの最年長者として…自分の大切な人として。 「でも俺も何も用意してないからなー…もっと早く教えてもらえばよかった」 渡すものがなければ何ともならない。それを残念に思えば、ふと彼が小さく笑った。 「その気持ちだけでも嬉しいですよ、ルーク」 顔を上げて見ると、柔らかな声音で言う彼の手には、いつの間にか小さな小箱が乗っていた。赤い包みに黒い上等なリボンのかかった、手の平に収まりそうなほどのサイズの箱。 「何、それ」 傍まで寄ってきた彼が、すっとルークの前にその箱を差し出す。 「―――私から、ルークに」 「え」 差し出された箱の意味に戸惑い、顔を見上げる。すると彼はくすりと笑って、 「受け取ってもらえますか?」 そう聞くので。 「も、もちろん!」 頷いて、その小さな箱を彼の手から受け取る。まさか彼が用意しているとは思わなくて、嬉しさに取り落とさないように膝の上に置き、シンプルに飾られたビロードのリボンを解く。包装紙をはがすのももどかしく、現れたのは深いチョコレート色の箱だ。 「チョコ?」 「ありきたりですが…がっかりしました?」 その箱をそっと開ければ、中央に一つだけチョコレートが鎮座していた。丸いのはティアたちにもらったのと似ているが、明らかにちょっと高そうな感じがする。 彼のことだからもっと意表を突くようなものかと思ったので、思わず聞いてしまえば、肩をすくめて彼が苦笑した。 それに慌てて頭を振り、 「ううん!すげぇ嬉しい…ありがとう、ジェイド!」 「それは良かった」 そんな事はまったく思っていなかったので、目いっぱい気持ちを込めて礼を言う。ティアたちにもらったのももちろん嬉しかったが、意味を理解してからもらったジェイドのは、それ以上に嬉しく感じた。 そういう風に彼も自分を思ってくれていた。その表れの一粒なのだから。 「でも…何か一つだけだからもったいないよな…」 けれども―――彼のくれたたった一粒は、たった一口で終わってしまう。こんなにも嬉しい気持ちが、たった一口で。 「それに俺は何もジェイドにあげれるものがなくて、悪いし…」 「別にそれはいいですよ。気持ちだけでも十分嬉しいですから」 「でもなあ」 もったいない気持ちと、申し訳ない気持ちがない交ぜになって、一粒のチョコレートを前にして悩んでしまう。彼にもらったものはたった一口では終わらないものばかりで、しかもこちらからは何も返せない現状。 何とかならないものだろうか。 「う〜ん…じゃあ、明日何か買ってくるから。それを渡して、その時に食べるってのじゃ、駄目かな」 ふと思いついたのはそれくらい。我ながらいい案だと思って提案すれば、彼は一つ頷き、 「それもいい案ですが…こういうのはどうです?」 「あ」 言うと、ひょい、とこちらの手の中から、箱の上のチョコレートをつまみ上げてしまった。何をするのかと目を見張れば、こちらの目の前で彼はそのチョコレートを…。 「あーっ!」 ころん、と口に入れてしまう。 「ちょ、何するんだよ」 彼がくれたものを、彼自身に食べられるとは思ってもみなくて、慌てて立ち上がる。確かに何か返せないくらいなら、彼に食べてもらった方が無難な案ではあるようなものだけれども…。 けれども彼の唐突な行動はそれだけでは終わらなかった。思わず立ち上がって詰め寄った自分の腰を不意に抱くと、顎をすくい上げられ、上を向かされる。 ―――そして。 「……んっ」 キスをされた。いきなりすぎて何がなんだか分からず困惑していると、不意に開いていた唇の隙間から、甘い物が流れ込んでくる。 ―――それは、眩暈がするほど濃厚なカカオの味。 「…ん、ぁ…んん…っ」 「……ふ……」 唾液と共に飲み下される甘く溶けたチョコレートと、口の中を蹂躙する彼の舌に、視界と思考がぼやける。何も考えられなくて、ただ腰を支える彼の腕に身を任せた。 「…ん、…ジェ、イド…」 ちゅ、と音を立てて彼が解放してくれる頃には、すっかり腰が砕けてしまっていた。そんな自分の口の端に垂れる甘くなった唾液すら舐め取って、彼は笑う。 「ごちそうさま、でした」 「…こんなんは…ずるい」 思わずぼやいて抱きつけば、頭を撫でられ、髪にキスをされる。 「ずるくないですよ。それにどちらかと言えば私のチョコレートは本来の意味より、俗物的な意味合いの方が大きいですから、こういったお礼の方が嬉しいですしね」 「俗物的…?」 「本命チョコ、とでもいうんでしょうかね」 その単語が意味する言葉は理解できない。けれども彼がそういうんなら、きっとキスしてもいい意味が含まれてるんだろう。 (何だか知らないからって、嘘か本当か分からないけど…) 思ったけれど、言わなかった。これで彼が満足してくれるなら、それでもいいと思ってしまったから。 「そうそう、バレンタインにはお返しをする日がありまして」 何だか甘さに当てられてしまって、ティアたちにもらったチョコレートを今すぐ全部平らげる事が出来なくなってしまい、それに蓋をかぶせていると、ふと思い出したように彼が言った。 「そんな日もあるんだ」 「一ヶ月後の今日―――同じようにお返しをするんです」 「へえ…」 思わず感心しかけて、気付く。 「って事はさっき、キスしなくても良かったって事なんじゃないのか!?」 問い詰めるが、彼は笑みを浮かべるばかりで。しかもしれっと、こう言ってみせるのだった。 「私は甘い物はあまり食べませんので、今回のお礼は貴方で結構ですよ。キレイにラッピングしてベッドで待っていて下さいね」 「!!!」
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バレンタインデーですよ★
いつも世間のイベントに乗り遅れてる私ですが、今年は頑張って見ました。
ルークはこういうのに疎いと良いですな。
ジェイドに色々教えてもらうといいよ、ホント。
というかこの時期に男の人がチョコレート買うのって、勇気がいるような…。
(実際ウチの職場でも男性がチョコ買うのを見ると「ホモ!?」とか思う/死)
まあ大佐なら平気な顔して買いに行けそうですけどね。