「あれ、珍しい。戦闘以外で槍出してる」 「そんな事はないですよ、定期的に手入れはしていますから」 +大切なもの+ 部屋に戻ってくると、彼が珍しく室内で武器である槍の手入れをしていた。 剣とは違って短い刃を、ランタンの明かりにかざすよう眺め、磨き粉を付けた布で丁寧に拭いていく作業は、剣の手入れとそう変わらない。自分もガイのところで道具を借りて手入れをしてきたところなので、傍に椅子を置いてじっと眺めることにする。 「ただの手入れですよ。面白い事など何もない」 逆向きに座って、椅子の背にもたれながら見つめるルークに、ジェイドが手入れの手を止めて苦笑する。 「うーん…て言うか、俺としては未だに不思議何だよな。ジェイドの武器って」 「―――コンタミネーションの事ですか?」 「そう、それ」 普段は何処にもない筈のそれは、彼の意図で自由に現れたり消えたりする。手品のように思えなくもないが、実際は槍自体を音素として分解し、体の一部として自らの中に取り込む…とか何とか、難しい理論。 それを彼は自在に操り、戦闘中は譜術と槍術を巧みに使い分けて戦うという、実に頼もしい限りなのだが。 「体の中に武器をしまうっての、何か痛そうだし」 「音素に分解してますから、痛みはないんですけどね。見ますか?」 言って、右腕の袖を二の腕あたりまで彼はめくる。そしてふ、と手にしていた槍を振ると、槍は一瞬内に光となって消えた。 「これで槍は私の中にある音素と同化しました。これを再び再構築するには、この腕に刻み付けた譜陣を発動させ、明確に私が槍の姿を思い浮かべる必要がある」 言うなり、ふ、と彼の右腕の表面に何かが浮かび上がった。確かにそれは譜陣で、その次の瞬間にはまた槍が光の姿をまとって彼の手の中に戻ってきている。 ―――やっぱり手品だ。 「…と、いうワケです」 「やっぱすげぇし!便利だよなあ」 普段手に持つ、というわずらわしさを考えると、便利極まりない。 「俺にも出来るかな」 そう思ってぽつりと呟けば、露骨に彼は溜息をついてみせる。 「無理ですね」 即否定された。 「え〜、やってみなくちゃ分かんないじゃん!」 「やめて置いた方がいいですよ。体内の音素と同化させる事は出来たとしても、取り出す為に再構築させるには、しっかりとその物自体の構成音素を理解していなければならない。単純なものならともかく、武器は構成音素が鋭く複雑ですから。取り出せなくなるのがオチです」 「むむ…」 ようするに遠まわしにこちらにお馬鹿だから駄目、と言われているようなものだ。まあもっとも、複雑、難しい、と言われた時点で自分には無理かも、とも思ってはいるのだけれども。 「諦めなさい。大体、譜術師であっても難しい事なのです」 「ちぇ〜」 これは彼が天才と呼ばれるが故。自分の音素すらまともに制御できない自分には遠い世界の話なのだ。 何だか面白くなくて椅子をがたがた言わせてると、手入れが終わったのか、彼は再び槍を音素に分解し、自分の体の中へと戻す。その動作は一瞬で、慣れたものだと感心するものの…。 「でもそれってさ、大事な物とかしまっておくの便利だよな」 「人の体を道具袋みたいに…」 言うと、明らかに彼は眉をひそめて、こちらを非難する。 「だって、無くさないじゃん。大切な物なら思い浮かべるのだって簡単だろうし、何処にしまったのか忘れなくていいし」 体の中に金庫でも持っているみたいだと思う。盗られる心配もないし、いいことづくめなのではないか。よくものを無くすとガイに怒られるから、もし自分でも出来たらそればいいアイディアだと思う。 それを熱弁する自分を、彼はじっと見つめていた。そして、 「な、そうじゃねぇ?」 同意を求めると、ふと、彼が溜息を一つつく。そして、困ったような声でこんな事を言い吐いた。 「―――そんな事言ったら、私は貴方をしまわなければならないじゃないですか」 「は?」 一瞬何を言われたのか理解できず、思わず聞き返してしまう。 …聞き返してから、聞かなければよかったと後悔する事にも気付かずに。 「大切な物をしまっておくのでしょう?」 しれっと言い返す彼に、背中に冷たいものが垂れた気がする。 「いや、そうなんだけど…」 「生物は試した事はないですけどねぇ。音素が結合してしまうとまずいですし…」 何て、また難しい事をぶつぶつと言い出す彼に、ルークは困惑した。まさか彼が、こんな事を言い出すとは思ってもみなかった。自分はただ、便利そうだからと思って言っただけなのに。 「ほ、本気で俺をしまう気…?」 あまりにも彼が真剣な顔をして、床を見つめながら理論を組み立て始めて、思わず逃げる準備をしながら尋ねる。すると彼は、下げていた視線を上げ、こちらを見た。 「―――本気」 「!?」 急激に立ち上がるので、がたり、と椅子がなる。 「………だと言ったらどうします?」 「〜〜〜〜〜ジェイドっ」 やっぱり逃げよう、と思っていた足から力が抜け、思わず椅子にへたり込んでしまった。そんな自分に彼は笑い、近寄ってきて額に人差し指を押し付ける。 「考えてもみなさい。音素振動数すらまったく異なる他人同士、出来る訳ないでしょう。それにいくら私が天才で、例え理論が組み立てられたとしても、摂理に反するような事を実行に移すなんて馬鹿はしませんよ」 「…だってジェイドが真面目な顔するから…」 「考えるだけなら面白そうではありますけどね」 彼が言うと冗談に聞こえない。 自分が言い出した事ではあるが、心臓に悪いことこの上ない。 「人がせっかく苦労して獲得した技術を、便利道具袋と言った罰です」 「う…ごめん」 「―――まあ、でも」 「わ」 額を突く指が離れ、代わりに頭の上に手の平が降ってきて髪をくしゃくしゃとかき回される。上を見上げれば笑みを刻んだ彼の顔と視線が合い、腰を屈めた彼に髪にキスをもらった。 その時耳を掠める、言葉。 「本当に大切にしまっちゃってもいいくらい、貴方は私にとって可愛くて、大事なのですから」 「……っ!!」 「あまり可愛い事ばかりしていると、本当にしまっちゃいますよ?」 「ジェ、ジェイド」 降りてきた手に顎を支えられると上を向かされ、キスではなく唇を舐められる。その時見た眼鏡越しの彼の赤い目は、口元とは違って笑みを刻んでいなくて…。 「だから言葉と行動には十分気をつけなさい、ルーク」 「…そんな事を思うのはジェイドだけだって」 けれどもすぐにちゅ、と眉間にキスを落とし、彼は何事もなかったように離れる。その飄々とした様子にまたいいようにからかわれたのだと思って、離れていくその背中にぼそりと呟けば、彼は振り返りもせずに笑って言った。 「―――貴方があまりに自覚がなさすぎるから」 「??」 「苦労するのは私ばかりですかねぇ」
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おいおい。
余程うちのジェイドはルークを監禁したいらしいね!
というかふらふらしてるルークを見てると気が気でないだろうし。
パラレルとかでそういうネタ…(刺殺)