真夜中に目が覚めるようになったのはいつからだろうか。

悪い夢を見たわけでもなければ、年甲斐もなく興奮して眠れないわけでもない。

ただ…そう。彼の穏やかな寝息を確認する為だけに、自分は真夜中に目を覚ます。

 

+守り人+

 

 

「………」

ふと何の前触れもなく目が覚めた。

室内に明かりが射す事もなく、ただ緩い闇が広がるだけの時間帯。真横にある時計を見やるとまだ真夜中で、

(またですか…)

思わずげんなりとそう思ってしまう。と言うのは、この時間帯に起きてしまうのが半ば習慣になりつつあるからだ。しかもある事をしないとまた眠りに就くことすら出来ない、言わば悪習慣。

―――もっともある事と言うのはさして難しいものではなく、至極単純なことではあるのだけれど。

ぎ、とわずかな音を立てて上半身を起き上がらせると、隣のベッドに視線を配る。そこで眠っているのは、疲れていたのか一足先に眠った彼――ルーク。

(今日は大人しく眠っているようですね)

規則正しく上下する肩に安堵して、それでも足をベッドから下ろす。自分のベッドから彼のベッドまでは二歩とかからない。その距離を律義に歩き、彼のベッドの縁に音を立てぬよう立つと、そっと腰を下ろした。

「…ルーク…」

起こすつもりはない。けれども名を呼びたくて、小さくその名を呼んでみる。当たり前のようだが、熟睡している彼に反応はない。ただその眠りはとても穏やかで…。

眠っている彼は喋らない為か、少しだけ普段より大人びて見える。と言うより、これが17歳としての彼の姿なのだろう。入っている中身が7歳レベルだと思っているから、普段はあまりそうとは思っていないので新鮮だ。

「まあ、そこも可愛いんですけどね」

 一人ごちて、枕に散らばる赤い髪をひと房指で摘む。もちろんその程度では起きないし、恐らく並大抵の事では起きやしないだろう。彼は普段から結構寝汚いのだ。

(それにしても…)

 目的は果たしたと言うのに、いまだ戻ってこない眠気に辟易する。

 

 ―――彼の穏やかな寝息を確認すること。

 

 ―――すなわち、彼の生死を確かめること。

 

 レムの塔で大勢のレプリカを犠牲に払い、瘴気を中和した代償。体内の音素が枯渇し、乖離しかけている彼の余命は短い。その終わりがいつになるのか、今なのか、しばらく先なのか。それすらも予測できない現状は、自分にこのような習慣を付けさせるまでになっている。

 無意味な習慣だとは、頭で分かっていても。

「…私にはこんな事しか出来ないんですね」

「…ん…」

 髪束から指を離し、そっと髪をすくように頭を撫でてやる。すると彼は少し呻くが、それ以上反応は見られなかった。規則正しい寝息は、途切れることも、悪夢にうなされる事もない。

 ―――幸せそうな顔で、ただ眠っている。

 その顔を見つめていると徐々に、自分にもようやく眠気が降りてくる。今夜もどうやら、自分は納得してくれたらしい。

彼はまだ生きている。自分の前から消える事はしない、と。

そんな事を頭の中で反芻する自分に自嘲すると、髪から手を離し、そっと彼の顔を覗き込んで目蓋にキスを落とす。

「…おやすみ、ルーク」

 ―――良い夢を。

 心の中で囁き、自分のベッドへと戻る。少しの間だったのだが、離れていたベッドはぬくもりが消え、体を滑り込ませるとひやりと冷たい。

 だがそれに構わず目を閉じる。隣のベッドに今確認したばかりの、彼の穏やかな寝息を聞きながら。

 

 また明日も、この習慣を自分は繰り返すのだろうか。

 ―――彼の死が、訪れるまで。









ジェイルクなのに、絡みがなくて申し訳ないくらい…ジェイドの一人相撲SSS。
ウチのジェイドさんは精神的に気弱な鬼畜なので、
一人でこういうことをして落ち込んでいそうです。
こう、普段はそれをあまり表に出す事はしないんですが。