―――突然の雨。

「うひ〜、びしょびしょだよぉ」

「少しぐらいなら構わないと思ったが、流石に着替えたいな」

「…この雲の様子では当分止みそうにないわね」

 アイテム補給で立ち寄った街の店屋の軒下。朝から少し天気がおかしかったかな、と思っていたが昼を過ぎ、それは一気に溜め込んだものを地上へと吐き出した。

 今も尚降り止まぬ雨は石畳の上に、幾筋もの小さな川をつくり始めている。

「仕方ない、今日は少し早いですが宿に参りましょう。各自風邪を引かぬよう、ちゃんとお風呂に入って着替えてくださいよ」

『は〜い』

 当然と言えば当然彼の言葉に異論する者は、誰もいなかった。

 

 

+君と温む+

 

 

「道具袋が濡れていなくて助かりましたね」

各自が持つ道具袋には、簡単な撥水の譜が刻まれた譜業が施されているとかで、雨くらいなら中まで濡れる心配がない。だから何とか着替えまでは死守する事が出来て、着替えに困るような事態にまでは陥らなかった。

「けど俺達はびしょびしょだけどな。服が張り付いて気持ち悪ぃや」

気を効かせた宿の主人が全員に大きなタオルを貸してくれたが、どの道着替えは必要で。濡れた衣服が張り付くことでそこから体温が奪われるから、…思わず。

「は…くしゅっ!」

「おや」

ぶるりと背筋が震えて、堪える前にくしゃみが出た。

「風邪を引かれては困りますね。ルーク、お風呂に入ってきなさい」

「うー…そうする」

ここは一つ、いますぐにでも熱いシャワーでも浴びたい。

そんなわけで彼に促され、ごそごそと道具袋を漁り、適当に着替えを探すと続きであつらえられたバスルームへと向かう。そして後ろ手にドアを閉め、籠の中に着替えを放り込むと、濡れて重くなった上着を脱いだ。

「うえー…びしょびしょだなあ…」

ずっしりと重たいそれを洗面台の縁にかけると、今度はもっと苦労しそうなシャツを脱ぐ番だ。上着以上に肌にぴったりと張り付き、腕を抜くために首まで引き上げようにも難しい。

「んん?何か脱げないな…」

ごそごそと奮闘してみるものの、背中に張り付く部分が上手く滑らず、不格好な姿のまま慌てる羽目になってしまった。何とか襟首の辺りをひっぱって脱がそうと試みるのだけど、服も意外と頑固なようで―――。

「んー!この野郎、早く脱げ…」

「…一体何をやっているんですか」

「お、…おお?」

そうやって一人格闘していると、いきなりドアを開けて彼が入って来た。そして服が途中で張り付いて動けないこちらを呆れて見て、手にしていた『着替え』を籠の中に同じく放ると、こちらの服を後ろから引っ張り上げ、

「はい、『ばんざーい』して下さい。『ばんざーい』」

…脱がせてくれた。濡れたシャツがずるりと脱げ、ひやりとした空気が直接肌に触れる。

そこで気が付いた。

「あ、ありがと…って、何でジェイドが入ってくるんだよ!?」

びちゃ、と濡れた音を立てて、彼によって脱がされたシャツが洗面台の縁にあった上着に重なる。すると彼は何故、という顔をして自らの上着に手をかけ始めた。

「濡れたままでいたら風邪を引いてしまうではないですか」

「いや、そうなんだけどさ…でも!」

「老体に寒さは堪えるんですよ。風邪を引くと治りも悪いし」

言いながらも、彼の服を脱ぐ手は止まらない。ボタンのたくさんある割には慣れた手つきで、軍服の上着を脱いでいく。自分はと言えば、そんな彼の淡々とした動作をただ眺めるしかないわけで…。

するとふと彼はわざとらしく、今その視線に気付いたようなふりをして、…笑った。

「―――そんなに熱心に見られると恥ずかしいですね。それとも下も私に脱がせて欲しいんですか?」

 そんな事は思っていない。

「…ち、違ぇ!お、お先に!」

にこりと笑顔の彼が、緩くこちらに食指を動かす。それに慌てて、脱ぎにくいのにも関わらずズボンも下着も脱ぎ捨てると、さっさとカーテンの向こうに逃げた。

「…別に今更隠すような間柄でもないでしょうに」

カーテンの向こうから、明らかに笑いを含んだ声が聞こえるが、無視。確かにそうかもしれないが、そういうのとはまた違う。

こうなったら彼が入ってくる前に出てしまうに限る。ここは珍しくシャワーと浴槽が狭いながらも別で、そこに入って温まりたいとも思うのだけど。

きゅ、とシャワーのコックを捻ると、最初は水だったが徐々にお湯を沸かす譜業装置のおかげで、温かな湯が降り注ぐようになる。それを頭からかぶれば、冷えた体にじんわりと染み渡り、自然と深い安堵の溜息が漏れた。

「はぁー…生き返るぅ…」

 雨に冷えて凝り固まった筋肉が、ゆっくりとほぐされていくようだ。こうなるとますます浴槽に湯を貯めて入りたいのに、やがてはこちらにやってくるだろう彼から逃れる為、入れないなんて。

 ―――ただ風呂に入るだけなら、まったく問題もないのに。

「ルーク」

 かちゃかちゃと、カーテンの向こうでベルトを緩める音がする。

「シャワーを浴びている内に湯船にお湯を溜めなさい」

「い、いいよ。俺湯船入んないし…」

 彼が入ってきたら入れ替わりで出るつもりだった。そうすれば何も問題はない。

 …それなのに。

「駄目ですよ、体の芯まで温めないと」

 ぴしゃりと否定される。

「貴方が風邪を引いて、しっかり管理しなかったとガイに怒られるのは私なんですから」

「う…」

 そこでガイの名前を出すのは卑怯だ。分かっていて彼はその名前を出しているのだろう。

 逃がさないつもりだ。それとも、逃げようなんて事自体が間違っているのだろうか。

 言われるままに湯船にお湯を張り始め、シャワーの湯に打たれながらゆらゆら揺れる水面を見つめる。

浴槽は大人が一人、ぎりぎり寝転がれるくらいの広さで、みるみる内にそこに湯が溜まっていく。それにともなってバスルームにはもうもうと湯気が立ち込め始めるが、あまり大した目隠しにもならないだろう。

そこに…。

「お湯は溜まりましたか?」

「っ!」

 カーテンに彼の手がかかった。その瞬間、ものすごい勢いでルークは八割がた湯の溜まった浴槽に飛び込む。

 ざば、とかなり多くの湯がそれによって溢れ、入ってきた彼の足元を濡らした。

「行儀が悪いですね…もっと大人しく湯船には浸かりなさい」

「わ、悪ぃ…」

 言って、ぶく、と鼻の下辺りまで湯に潜ってしまう。

(明るい所だと超白いなあ…)

 ちろりと視線をやれば、湯気の向こうに彼がぼんやりと見える。雪国生まれで雪国育ちの彼の肌は、軍人としてはやや白過ぎるようで。それでも無駄のない体つきは、やはり何かしら訓練を受けている為であろう。普段と見比べても、どうやらやや着痩せするタイプらしい。

 それを見ているだけで、こんなにも……。

 なんて、浴槽の縁ぎりぎりの視線(しかも横目)で観察していたら、不意に彼がこちらを見て、驚く。

「じっくり見過ぎですよ。視姦するつもりですか?」

「ち、違う!」

 どうしてこちらを見ていないのに分かるのか。指摘されて慌てて窓の方へと視線を反らす。

 すると―――…。

「さて、私も入りましょうか」

「お、俺は出るぞ!」

 彼の手が浴槽の縁にかかり、逆方向から出ようとする。どの道浴槽は狭い。いくら体格差があるとは言え、二人が同時に入るには無理があるだろう。

 そんな事、彼にだって分かるはずなのに。

「ルーク、ちゃんと百まで数えたんですか?」

「そ、そんなガキじゃないだろっ」

「駄目です。ちゃんと温まるまで出させる訳にはいきませんから」

 

 

「………」

 

 

「何です、そんな端っこに」

「狭いんだから仕方ねーだろ…」

 結局二人して狭い浴槽に入る事になってしまった。それでも彼の視線を避けるように、彼とは反対側の端っこに寄って場を耐える。

 すると反対の端っこから、

「狭いならこちらに来ればいいじゃないですか」

「それって逆じゃないか、普通…?」

 と、いかにもにっこりと笑っていそうなセリフを吐く。どちらにしても向こうを見ていないので、実際笑っているかは分からないのだけれども(いや、十中八九笑いながらに決まってる)。

 びたり、と浴槽の縁に張り付くルークは、どうにかしてここから出るタイミングを見計らっていた。

 ―――こんなにも意識している自分を知られたくない。男同士で風呂に入るなんて大した事ではない筈なのに。その相手が彼というだけで自分は―――。

 見なければまだ多少意識は反らされる。

けれどもその行為自体が仇となった。

「…まったく、仕方がないですねぇ」

「!?」

 ざば、と湯が不意に動く。その時彼の方を見ていなかったので、彼の動きに咄嗟に何かしらの行動に移れなかった。

 ―――結果。

「はい、掴まえましたよ」

「ジェ、ジェイド!」

 利き手を掴まれた。けれども彼は引き寄せるわけでもなく、ただその掴んだ手に…顔を寄せた。

「お、おい…っ」

「…ん」

 指先を口に含まれ、赤い舌が関節を撫でる。

「や、やめろって…」

「―――期待されてるのに、止める訳にはいかないでしょう?」

「期待なんか…っ」

 無理にその手を払う事が出来なくて、そんなこちらを良い事に、彼は指の股まで丁寧にしゃぶっていく。親指を含まれ、ちゅ、と音を立てて吸われた時は、どうにかなってしまうのではないかと思った。

「〜〜〜〜〜っ」

「…はい、おしまい」

 ちゅぅ、と最後に手の甲にキスをされ、彼の唇が離れていく。

「だから一緒に風呂に入るのは嫌だったんだ…っ」

「あのねぇ」

 それと同時に、ずるずると浴槽の中に沈んでしまいそうな自分を、ジェイドは引っ張り、自分の方に抱き寄せる。あっという間にお湯の温度とは明らかに違う体温を背中に感じると、頭上から呆れたような溜息が聞こえた。

「いくら私だからって、そう四六時中さかってる訳ではないんですよ。好きな人とゆっくりお風呂にだって入りたい」

「……だって」

 意識しないわけがない。何も知らない自分に色々教えたのは彼で、体はそれを覚えている。その重要キーワードが『裸』だ。彼と裸でいる時は『あの時』しかないのだから、体はそのように意識しかねない。

 実際に彼はいきなりあんな事をしたではないか。

「むしろ私は全然意識してないんですが…意識してる貴方のが十分いやらしいですよ。まあそういう風にしてしまった私にも、原因はあるとは思いますが」

「〜〜〜〜〜っっ」

「ちなみにさっきのは期待に応えたまでです」

 指摘されて、口を噤んだ。確かに自分ばかりそんな事を意識していて、明らかに彼は普段の様子だ。こちらの過剰な反応にさえ、呆れているようで。

 ふ、と耳元で彼が笑った気配がした。

「何もしませんよ。だから力を抜いて、ゆっくり温まりなさい」

 額を押さえられ、自然と彼の肩口に頭を乗せるような体勢にさせられる。

「な、何もしない…?」

「あんまり期待すると、しますけど」

 にこりと言われ、猛烈な勢いで頭を左右に振った。

 けれども背中から彼の体温を感じていると、だんだん心地よくなってくるのも確か。普段は少し低いと思う体温も温んで、触れて体温が交わる部分がひどく心地よい。

 こうしてる分なら、まったく悪くないと思うから。

「じゃ、じゃあ今度から一緒に風呂入る時はあんな事しないって約束しろよ」

「う〜ん…そうですねぇ」

 緊張にこもっていた力をゆっくりと抜いて、彼の腕に体を任せる。すると緩く胸の前で抱かれ、こちらの耳元に彼がそっと唇を寄せると…囁いた。

 

「―――やっぱりお風呂プレイも捨てがたいので、明確な約束は出来ません」

「〜〜〜〜やっぱり出る!」









ルークは普通に意識しそうですよね、お子様ですから。
そんなネタだったわけですが(補足かよ)
分かりづら…っ自己満足なネタですみません…あうあう。
たぶんまた書きます、風呂ネタ。