「…ルーク!!」 「!?」 ―――戦闘中、いきなり名を呼ばれて背中を突き飛ばされた。その強い力に一瞬何が何だか分からず、付いた足で数歩たたらを踏む。 「大佐…!!」 だが次の瞬間、背後で聞こえた悲鳴に我に返り、自分を突き飛ばしただろう人物を振り向いた。 …そして見たのは目に鮮やかなほどの―――赤。 +流れるもの+ 「…大丈夫。思ったより綺麗な切り口だから。これなら傷も残らないくらいに譜術で治せるわ」 「すみません、お願いします」 彼の傷は肩から胸にかけて、浅く凪いだように付けられていて。応急手当てで止血だけすると、急いで落ち着けるよう近くの街を訪れた。その宿屋の一室を借りて、ティアが治療を始めるところだ。 他の皆はティアの治療の邪魔になるということで席を外しているが、自分だけは離れることが出来なかった。彼の傷は、自分をかばって負ったものなのだ。そればかりが頭を巡って、ただ何も出来ないのにここにいる。 「ティア、何か手伝えること…」 「今は大丈夫。治療が終わったら体を拭くから、貴方は宿の人に言ってお湯とタオルを借りてきて」 それでもただオロオロとはしていられなくて聞けば、そう頼まれる。だが、出来れば離れたくはない。 口にはしないがそう思えば、 「大丈夫、傷は私が責任をもって治すから。貴方は貴方の出来ることをして」 「う、うん」 ここにいても、ティアの譜術の集中に邪魔になることは明白で。それでもすがるような視線を彼に向ければ、彼はうっすらと苦笑して『大丈夫ですよ』、と唇の動きだけでそう告げる。 「じゃあすみません、大佐。服を脱いでいただきますか?」 ティアの言葉に空気中の音素がわずかに揺らぐのを感じた。さすがにこれ以上ごねても邪魔になるだけだと無理に理解し、ルークは部屋を出る。 すると間もなくして、治療を始めたティアの優しく澄んだ歌声が部屋から聞こえ始めたのだった。 宿の主は快く湯を沸かし、タオルを用意してくれた。それらを木桶の中に入れ、零れないように客室の方へと急ぐ。 するとちょうど、部屋からティアが出てくるところだった。部屋の前には皆がいて、出てきたティアに一斉に詰め寄る。 「ティア、旦那の容態は?」 「大佐は大丈夫なの?」 「―――特に心配はいらないわ。ガイの応急処置も完璧だったし、何より攻撃を受けた大佐も受け身がちゃんと取れていたから、傷自体が思ったより良かったみたい。大事をとって今夜は休んでいた方がいいけれど、栄養がつくものをしっかり食べて眠れば、明日には回復するわ」 「そう…良かったですわ」 「あ〜もう、大佐ってば無茶しすぎ〜」 要するに…ティアの治療は無事終わったと言う事、そして彼自体は大事ない、そう言う事。それを聞いてほっと安堵すれば、歩み寄ってきたティアに、ぽんと肩を叩かれた。 「さ、ルーク。ここからは貴方の仕事よ。大佐の体を拭いてあげて。血は乾いてしまうと大変取れにくいの」 「あ、あぁ…分かった」 「私たちは何か栄養があるものを作ってくるわね」 そう言って、仲間たちは階下へと降りていった。 …やっと役に立つ事が出来る。ルークはその姿を見送り、持ってきた湯が冷めてない事を確認すると、少しだけ開いていた扉に足を挟み、室内に体を滑り込ませた。 「ルーク、足で…行儀の悪い子ですねぇ」 するとその様子を咎める、いつもの調子の声。 「ご、ごめん。両手が塞がって…!…」 もう大丈夫なのかと安心して上げた視界に映る、床に放置された赤、とも黒、ともつかない色に染まった包帯の山。それは乾いた、血の色。振り返った瞬間に視界を埋め尽くした色を思い出し、さあっと己の血が引くのを感じる。 「―――…!」 「……ルーク」 「…ぁ」 けれども木桶を取り落とす寸前に自分を引き戻したのは、彼の呼ぶ声だ。我に返って視線を彼に戻せば、彼はこちらを見て笑っていた。そしてルークを手招き、言う。 「血が乾くと皮膚が引き攣れて痛いんです。拭くのを手伝ってくれますか?」 「う、うん…」 ティアの言う『自分の仕事』を思い出し、ルークは湯を跳ねさせないよう慌ててベッドの傍に寄る。そして馴れない手つきで湯に浸したタオルを絞ると、ベッドの縁に座る彼の前に膝を付いた。 そこでまじまじと見てふと気が付く。彼の肌には、よくよく見れば先程とは違う場所に幾つもの傷痕が見て取れる。大きなものから、小さなものまで、皮膚が引き攣れたものから、火傷のような傷。 そしてその上に塗られた赤黒く乾いた血の痕は、嫌がおうにもあの瞬間を思い出させて。 「ジェイドって傷だらけなんだな…」 軽く頭を振るようにその記憶を払拭すると、見たままの感想だけを口にする。すると彼はそうですか、と前置き、自らの体に視線を配せた。 「軍人ですからねぇ。戦場で前線に出てまるっきり無傷とはなかなか行きません…て、ルークは私の裸は見たことがありませんでしたっけ?」 「あ、明るいところで見たのは初めてだけど…」 もうさっきまで生々しく傷口を見せていた、あの自分を庇ってついた傷痕だけは、まるで跡形もない。けれどもそこがまだ痛むのか分からなくてそっと温かいタオルを当てれば、 「もう大丈夫ですよ。ティアのおかげで痛みもありません」 と、見透かしたように言って、頭に掌が乗る。くしゃりと撫でられると目頭にじわりと温いものが滲みかけて、慌てて俯いた。 「ど、どうして俺を庇ったんだよ」 言えば、思わず口調が責めるようなものになった。本来ならばこちらの不注意を責められるべきなのに。 すると変わらずルークの頭を撫でながら、 「子供に危険が及ぼうとしているのを見過ごす程、腐った大人ではありませんから」 しれっと彼に言われ、ルークは弾かれるように見上げる。その時不覚にもぼろりとにじみ出たものが頬を零れ落ち、彼の膝の上に小さな染みを作った。けれども堰を切った言葉を、それ以上押しとどめる事はできない。 「馬鹿野郎!それでこんな大怪我して…、俺、ジェイドが死んじまったら…」 「別に死ぬつもりはありませんからねぇ。と言うかもう少し浅く切られる間合いのつもりでしたが、軽〜くしくじりました」 彼の言葉はあくまで軽く、まるで自分の傷はルークのせいではないと言っているようで。思わず言葉に詰まると、緩く頭を引き寄せるように抱き締められ、むき出しの首筋に顔を埋めるようになる。 するとかすかに耳をつく彼の鼓動。止まることの無かった、命の流れる脈動。 「―――貴方は何も悪くありません。私が自ら負った愚かな傷に過ぎない…だから、泣くのはおよしなさい」 「馬鹿…ジェイド…」 「馬鹿とは失礼ですね…これで少しは私の気持ちも分かってくれるといいのですけれど」 「!?」 言われ、すぐにレムの塔での事を言ってるのだと理解する。理解するが…それとこれとでは意味が違う。死ぬという意味が違う。そして今も付きまとう己の命の意味とも。 「そういうのとは違うだろ…っ」 死にたくないと、思った。けれども自分の命はもう短くて。彼はそれを知っていて、どうしようもなくて。それはもう分かりきっている事だから…こんな唐突に見せ付けられる死の色とは違う。ましてやそれを思い知らせるなどと。 けれども彼も緩く首を振った。 「違いません。実は現状で、これで少しは私の気持ちも分かったかと、貴方にせいせいしてる気持ちもあるんですよ。貴方を突き飛ばした時、あぁこのまま瀕死にでもなれば、貴方は私の気持ちを少しでも理解してくれるだろうか、ってね」 「…馬鹿野郎…理解なんて出来るわけないだろ…」 間合いを読み違えたのは、その為か。 ―――彼の口からこのような言葉が出るとは、思いも寄らなかった。死霊使いジェイドと恐れられる彼が見せる、痛いほどの優しさと…痛み。それを向けられる自分はなんて幸せで、何て愚かなのだろうか。 「やっぱり馬鹿だ…!」 「―――お互い様にね。私たちは馬鹿ですよ…こんな事でしか相手を思いやれない大馬鹿者だ」 流れ出した涙が止まらない。彼の方にすりつくようにして顔を隠せば、何度も何度も背中を擦られる。髪を撫ぜられ、耳にキスをされ…埋めた顔を肩から上げさせられた。 そうやって見た彼は、笑っていた。が、力のない笑みは泣いているようにも見えた。 「だから精一杯、生きてください」 「ジェイドだって…勝手に死んだら許さないからな…」 「そうですね…貴方も、私より先に死んだら許しません」 それは先の見えない望みだとしても。口にする事で少しでも軽くなる罪のように、ただ、お互いの死を嫌う。それを決めるのは自分でも、ましてや彼でもないけれど。 ただ、心の底から。 ―――この幸せが、永遠に続けばいいと思った。
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たまにシリアスぶってみる。
本物のジェイドだったらこんな事考えないでしょうが(当たり前)、
ウチのジェイドさんは精神面の弱そうな鬼畜なので、きっとこんな事考えたりしてる筈。
何だか色々、上手くまとめられなかった…(反省)