「カーティス大佐〜」

「ジェイド様よ、いつグランコクマにお戻りになられたのかしら…」

 地位は若くして大佐。頭脳は敵味方関係なく『皇帝陛下の懐刀』と称されるほど知略に長け、初陣で大勝を得るなど名誉は数知れず。

 ―――そして雪国生まれ特有の肌の白さに、ミステリアスな赤い目の相成る…美貌。

 そこに今だ未婚が重なれば、もてない筈がないのだ。

 そんな事わかってるはずなのに、何故か胸がちくっとしたような気がした。

 

心配無用

 

「大佐ってモテるんだよね〜」

「まああのご婦人の方々の中に、アレの中身を知ってるようなお人がいるかどうか、って感じだよな」

 ―――何だか好き放題、ガイとアニスが言ってるような気がする。思わず隣に視線を目配せするものの、聞こえてはいるようだが、まったく関心のない様子で食事を続ける彼がいた。

ここはグランコクマのレストラン兼、夜にはバーにもなるどうやらジェイドも馴染みらしい、店。さすがに都会だけあってちょっとお洒落で、出してくれる料理もジェイドが常連なだけあって文句もない。

 そんな料理を堪能している間中、隣のテーブルでは隣でカレーを食べる彼…ジェイドのこの街での人気ぶりについて盛り上がっているようだ。

 それはルーク自身も目の当たりにしている事であり、気にならない、という話でもないのだけれど―――…。

「若くて偉くて頭が良くて、名誉もあってかっこいい…けれども性格で相殺?」

「知らないってのは罪だよなあ」

「いやいや、女の情報網は侮れませんよ〜。て言うかぁ、それだけ揃っていれば、性格なんて二の次かも」

 二人は小声のつもりなのだろうか。けれども盛り上がれば盛り上がるほどボリュームは上がり、自分と彼のいるカウンターまで内容が知れるほどとなっている。ティアとナタリアはミュウを連れて二階に行っているし、イオンにいたってはにこにこと二人の会話を楽しげに眺めているものだから、誰も止める者がいない。ただ自分だけがおろおろと隣の彼を気にしている。

 すると、その視線に気付いたのか、不意に、

「気になりますか?」

「!」

 ちろりと視線がこちらを向いた。まったく無視している様子だったので反応を得られるとは思っておらず、自分が驚いてしまう。するとその様子に彼は笑った。

「どれ」

 そして静かに席を立つと…。

「でも大佐もいい加減いい年なんだか、結婚を考えても…」

「―――二人とも、結構言いたい放題おっしゃってますねぇ」

「ひっ」

「い、いや〜ん大佐ってば、ミステリアスな性格が素敵って言ってたんですよぅ〜」

 話に夢中になっていた二人は、背後まで彼が近づくのに気付かなかったらしい。ぬっと間に入られ、椅子が鳴るほど大げさに驚いていた。

「まったく、好き勝手に詮索するのはいいですが、本人には聞こえないところでやってください。それと、せっかくの美味しい料理が冷めますよ」

 ここの料理は気に入ってるんですから、と言い足して腰に手を当てる。どうやら好き勝手に言われていた事を気にしてはいないらしい。

「だって〜。大佐ってモテますよね?」

 そんな様子のジェイドに、まったく反省したそぶりを見せず、アニスが尋ねる。すると彼は何の間もなしに、

「モテますねぇ」

 とあっさり答えた。

「否定はしないんだ…」

「モテますが…何も皆が皆、私と結婚したくてきゃーきゃー言ってる訳ではありません。こう…ご婦人方は目の保養を求めていらっしゃるようなので。ちなみに私はグランコクマ抱かれたい男ナンバー1ではありますが、グランコクマ結婚したい男ナンバー1はフリングス少将です」

 つらつらとそう言ってみせる彼は、そんなことなどまったく興味もなさそうだ。というかそのランキングは何処でどう決まってるのか、少し気になる。

「そういうモンなのかなぁ」

「女性は誰しもアニスのようとは限らないんですよ」

「大佐っ、それってどーゆー意味ですかっ?」

 その話はジェイドがアニスを怒らせて終了したようだ。それなのに平然とした顔で席へと戻ってくるジェイドを見れば、彼はこちらを見て肩をすくめて見せた。

「やれやれ、アニスにも困ったものです。まあ色々あらぬ噂が立ったり、様々な憶測が飛び交うのも人気者のつらいところですが」

「………」

 だったらせめて作ってでも困った顔をして欲しいものだ。まったく困ったような顔もしないで、再び彼は元の席に戻ると、食べかけのカレーのスプーンを取る。思わずその一挙一動を眺めてしまっていると、ふと口に運びかけたスプーンが止まった。

 そのままの姿勢で、視線だけがこちらを見る。

「気になりますか?」

「!?」

 同じ言葉を、二度目。

 思わずびくりと椅子の上で跳ねると、彼はそのままスプーンを口に運び、ゆっくり味わうように食事を再開する。

 その様子を横目でちらりと見ながら、

「…べ、別に…」

 もごもごと口の中で返事をする。

 彼自身の交友関係が気にならないわけではない。実際彼のような男がもてるのは分かるような気がする。自分の目から見てもそうだと思うなら、なお更。

「別に…気にならない」

「そうですか?まあ、私も気になりませんけどね」

「じゃあ何で聞くんだよ」

 カレーをキレイに平らげ、口をナプキンで拭きながら彼はあっさりと言い放つ。人に散々気にならないかと聞いておいてそれはどういう意味なのか。少しむっとして聞けば、

「貴方が嫉妬してくれると嬉しいなあ、と思って」

「!?」

 あっさりと、言われた。あまりにあっさり過ぎて、思わずどもる。

「し、し、嫉妬って…」

「あぁ言葉が難しいですか?いわゆる『やきもち』です」

「それくらい知ってる…!そうじゃなくて、俺は…」

 そんな状態を小ばかにされて、少し腹が立つ。けれども言いかけて、それをやめた。

 目を細めて笑う彼。…気付いてる。と言うか、何もかも知っていて、それをこちらに言わそうとしている。

 ルークはここにくるまでの事を思い出して、今すぐこの場から立ち去りたい気分でいっぱいになった。気付かれてるなら、やらなければ良かったと思うのも、もう後の祭りである。

「可愛いですねえ。私が声をかけられるたびにちらちらこっちを見上げたり、わざと並んで歩こうとしたり」

「う…」

「あまりの可愛さにうっかり肩を抱いて歩いてあげようかと思いましたが、やめておきました。そこまですると、貴方が言われぬ噂の的になってしまうと思って」

 あの飄々とした笑顔で声援(?)を受けていた顔が、実はそんな事を考えていたなんて。

(ん?て言うか…)

「噂…?」

 噂の的になるのが自分、と言うのはどういうことなのか。少なくとも『敵国のファブレ公爵』という言葉の面識はあろうとも、イコールそれが自分だと分かる人物などいやしないだろう。それが噂の的だなんて…。

 意味が分からず目で訴えるそんなルークに、彼はにこりと笑ってさもゴシップ誌の見出しを読むよう、こう答えた。

「なかなか結婚しないカーティス大佐は、実はお稚児趣味だった…または、カーティス大佐に実は隠し子が!?的なゴシップでしょうか。ま、私としては前者は構いませんが?」

「か、構えよっ、そーいうのは!」

「そうですか?いっそオープンな方が貴方に気兼ねなく構ってあげられて、私としても嬉しい限りなのですけど」

 それは困る。ただでさえ二人きりの時は『こう』なのに、それがオープンになられでもしたら…。

常時その状態。それを想像して、ぶんぶんと首を左右に振って否定するルーク。そんなの、自分がもたない。と言うか、恥ずかしくて生きていけない。

それなのにそんな自分を見て、彼はにこりと笑って言い放った。

「心配しなくとも、貴方だけですよ」

「〜〜〜〜〜〜!!」

 言われて、ぞわぞわ〜っと首の辺りの髪がざわついた。思わずそこを押さえて辺りを見回せば、誰もこちらを注目していない。彼だけが、一人右往左往してる自分を見ている。

「だから自信を持ってください」

「…なんでお前の方がそんなに自信満々なんだよ」

 こんなところでそんな事を言う彼の気が知れない。なんて真っ赤な顔で嫌味のように呟けば、

「そりゃあ貴方に愛されてる自信満々ですからね」

「………っ!!」

 もうあんな事はしない。

 彼を喜ばせるばかりで他には何も―――何も心配はないのだから。









大佐は常に色々と自信満々ですから。
けどどっちかと言えばジェイドのが嫉妬深い方に萌え〜。
だってルークは無意識に色んな人に可愛がられちゃってるからね…!
嫉妬に狂ってお仕置きとかしちゃうに違いない。