覚えているのは、ただ熱かったということだけ。 体も頭の中も何もかもがどろどろに溶けて、いつもしがみつく事しか出来ない。けれどそれは酷く心地良くて、その事を譫言のように口にすれば、いつも彼は少し淋しげに笑うのだった。 瞼の裏にわずかに透ける光に目を覚ます。だがうっすらと開けた視界はほの暗く、明るいのは彼がいる部屋の隅の机に飾られたランタンの明かりだけだった。その緩やかな闇に溶けてしまいそうな光が、ゆらゆらとルークのいるベッドの辺りまでを照らしている。 (まだ起きてるんだ…) そう思いながら起きてしまった目を擦り、しばらくその明かりの中にいる背中をぼーっと見つめていた。するとふと彼の方がこちらの視線に気が付き、肩越しに振り返る。 「…ルーク?」 まだまどろんだようなゆらゆらとした気分の中で、彼の少し低い声で呼ばれるのは心地がよい。もっと呼ばれたいな、と思っていると、 「すみません、起こしてしまいましたね」 そう言って明かりを絞ろうとするので、 「…あ、いいよ。そんなに眩しくないから」 慌ててその手を止める。すると彼もそうですか?、とランタンに伸ばしかけた手を引っ込めた。 どうやらまた何か本を読んでいるらしい。正確な時間は分からないが、自分とあんな事をした後から数時間も経過していれば、もう真夜中だろう。 (そう言えばジェイドが寝てるとこって、あんまり見たことないよな…起きるのも俺より早いし。あんな疲れる事するのに…) 思い出すと、少し顔が熱くなる。時々重ねる体はなかなか慣れないけれど、嫌いというわけではなかった。熱くて、でも彼の匂いに包まれて、何処かとろとろと夢の中のような記憶。 その時ふと、自分が着ているのが彼のシャツだということに気がつく。それだけではない。たぶん体も綺麗に拭かれているし、何もかも、自分がここを訪れる以前の状態になっていた。 ただ、体の奥のくすぶるような感覚だけは残されていたけれど。 「…どうしました、眠れないのですか?」 「ん…いや」 再び眠りにつくことなくじっと見ていれば、彼がくすりと笑ってこちらに椅子を向けた。 彼もまた、いつも通りだ。その名残りすら漂わせない。けれども不意にその顔が微笑み、 「目一杯体力を使わせましたからね。疲れたでしょう。ゆっくり休まないと明日辛いですよ?」 しれっとそんな事を言った。 「そ!…れは全部ジェイドのせいだろ…!」 よくもまあ、そんな事をその綺麗な顔で言えるものだと感心する。しかもこちらが動揺するのを承知でワザと言うのだから、質も悪い。彼の言葉にいちいち動揺してしまう自分も自分だが。 「そ、そーいうジェイドだってもう年なんだから早く寝た方がいいだろ!」 だからせめてもの報復として言い返せば、彼は声をたてて小さく笑った。 「…そうですね、その通りかもしれませんね」 「え」 「お気遣い、ありがとうございます。それではお言葉に甘えて眠るとしましょうか」 「う、うん…」 すると意外にあっさりルークの意見(?)を受け入れ、彼は読み掛けの本を閉じ、ランタンの灯を落とした。すると一瞬にして部屋の中は闇に包まれ、視界を奪われる。だがぎしぎしと言う彼の足音だけは聞こえていて、やがて自分にかかっていたリネンがめくられ、そこに彼が入って来た。 「ルーク、もう少し向こうに詰めてください」 見えないけれど、闇の中で小さな声が耳元で囁く。 けれども宿のベッドはたいてい一人用だ。詰めても大して広くはならない。勿論ここは彼の部屋なのだから、遠慮すべきは自分なのだろうが…。 「俺、自分の部屋に……」 「―――仕方ないですねぇ」 自分のベッドに戻ろうと言いかけた時、不意に彼がそう呟き、ルークに腕が伸ばされた。 「ジェ、ジェイド?」 「こうすれば狭くないでしょう?私も温かいし、一石二鳥です」 あっという間に抱き込まれ、体が密着する。腕の中で顔を上げれば、闇の中で目が慣れ始め、眼鏡をかけていない彼と目が合った。 「どうしました?」 「…う、うん…俺、別に自分の部屋に戻っても良かったのに」 言えば、彼は吐息だけで笑う。 「その必要はないですよ。貴方と眠るのは、嫌いではありませんから」 「そのわりに俺より寝るの遅いし、起きるのも早いよな」 「そうですか?まあ、そればかりは軍人としての習慣ですからねぇ」 「…ん」 苦笑するように言って、ジェイドがもう少しだけルークを引き寄せる。すると髪に顔を埋めるようにされて、もう彼の顔を見ることは出来なくなってしまった。 もしかしたら今日こそ彼の寝顔を見れるかもしれない、と思っていたのに、それを少し残念に思う。けれども一緒に眠るのを嫌いではないと言ってもらえただけで、嬉しかった。安息する場所に居場所を作ってもらえたことが、ひどく嬉しい。 思わずすり、と彼の衿元にすりつけば、頭上から小さな吐息のような笑いが聞こえた。 「…甘えてるんですか?」 「どっちがだよ」 「そうですねぇ」 言い返せば、はぐらかされた。でも。 「ジェイドと寝るの、俺も好き…気持ちがよくて…なんかとろとろしてくる」 「―――大胆発言ですね」 「そ、そういう意味じゃ…あるけど…それに、よく眠れるし…」 ジェイドの言葉がさっきまでの行為も含めて、だということが分かったが否定はしなかった。どちらもそんな感じ。ただ違いは温度だけ。 どちらも彼の匂いに包まれていて、とろとろに蕩けてしまいそうなのは同じだから。 それだからだろうか。彼と一緒に眠る時は、あまり悪夢を見ることは少ないような気がする。もっとも、まったく…とは言えないのだが。 「ルークは素直でいいですね」 ルークが呟いた時、また彼は寂しげな顔で笑ったのだろうか。髪に顔を埋められたままの状態では、それもまた、確認することは出来ない。 「…ジェイドがあまのじゃく過ぎるんだろ」 「少なくとも、貴方のことに関しては自分の欲望に素直でいるつもりなのですが?」 「………」 こんな状態なのに、相変わらず勝てそうにない。けれどもベッドの中の為か、いつもより低めに囁くような彼の言葉が、徐々に眠気を誘ってくる。このまま負けっぱなしは悔しいが、この波のように寄せてくる緩やかな眠気に身を任せてしまいたい。 すると黙ってしまったルークにそのことに気付いたのか、ジェイドが抱き寄せる腕の力を少しだけ抜いた。 「…もう寝なさい、ルーク」 「ジェイドも…」 子供を寝かしつけるような穏やかな声に、ささやかに髪を引っ張って主張すれば額にキスを与えられた。 「えぇ。貴方が眠るのを見てから、ね」 お前ばっかずるい、とそう思うものの、緩やかに侵食してくる眠気にはもう逆らえそうにもない。それもこれも、ジェイドの腕の中が心地よすぎるからだ。 「―――おやすみ、ルーク…良い夢を」 その言葉がまた呪文のように、ルークを眠りへと落としていく。もう逆らえない。だから、せめて身じろぎをするように、彼の懐へと擦り寄った。
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私は眠りに関する話が好きです。
というか受けがぽやぽや眠そうにしてるのが好き…。
何だかジェイドさんってば甘やかしすぎですみません(汗)
ますます偽者度がアップしていきますが、
私の目にフィルターがかかってるので仕方ないでしょうね…。
黙っていちゃいちゃしてるのに萌えますから★
あ。
アビスの宿屋が普通にツイン部屋だったのはそっとしまっておいてください(…)