「少し、もったいなかったかもしれませんね」 「?、なにが?」 「…髪。綺麗でしたのに」 願いごと ちょいちょい、と首の後ろの短い毛を触られると、少しくすぐったくて首をすくめてしまう。そこにはかつて、長く、そして燃えるように赤い髪があった。 「成人した貴族は正装時に髪を結いますからね。貴方もそれで伸ばしていたのでしょう?」 「それは…邪魔だったけど、母上が伸ばせってうるさかったしな」 何だかんだ、あれだけ伸ばしてみたものの…切ってしまった今ではあまり未練はない。むしろあれはけじめをつける意味も大きかったのだから、ばっさりやってしまった方がよかった。 「でも今のがやっぱ楽だな〜。長いと色々大変じゃん、手入れもちゃんとしないとみっともないし」 「けれど貴方の場合、とても自分で…という感じではないですね」 「屋敷にいた時は専属のメイドがいたよ。これがまたすっごい凝り性のヤツでさ、ちょっとでも稽古とかで汚すと怒るんだぜ、俺に!もっとご自分の髪を大切にしてくださいってな」 小うるさい、と思っていたが彼女がいなければ逆に何とも出来なかったので、今では感謝している。もっとも、まだこの短くなってからの姿を彼女に見せていないので、どう反応を見せるのか怖いところだが…。 「けれど私もその気持ちは分かりますよ。確かに…綺麗だった。燃えるような赤い髪は魅力的でしたよ。まあ、今の短い髪も貴方らしくて好きですが」 言って、くしゃりと頭を撫でられる。 「何より頭を撫でやすいですからね」 「どういう理由だよ…別にいいけど」 子ども扱いっぽいだが、彼に頭をなでられるのは好きだから。 そのまま抱き締められて、髪にもキスをされる。思わず目を閉じたら目蓋を舐められて、唇にもキスをくれた。 「…ん」 そんなとろけるような甘さにしがみついて、指先に触れた彼の髪の束を少し握る。 「…ふ…、ジェイドも…」 「何ですか?」 唇を軽く食み、彼の薄い唇が離れるが、いまだルークの指の中には彼の髪の束があって。 「ジェイドも髪を長く伸ばしてるんだな」 「別に伸ばしているわけではないですよ。ほとんど不精のようなものですが…手入れは一応行っています」 「だよな…さらさらでキレイだし」 体の前側に垂らした髪束にふれ、指でたどる。 「不精ってことは、願掛けとかしてるわけじゃないんだ」 言うと、彼は驚いたような顔をした。こちらがそういうことを知っているとは思わなかったらしい。 「願掛け?誰にそんなことを教わったのです?」 「え、ナタリアだけど…こう、何か願い事があるとそれが叶うまで髪伸ばしたりするんだろ?」 それで叶ったら切る、と。 それを思うと、変化を望む自分のために区切りとして髪を切った自分とは、正反対だと思う。けれどそれもあり、なのかなあ、なんて。 「残念ながら私のは願掛けではないのですが…」 ルークの手から自分の毛束をとり、じっとそれとルークを見比べるジェイド。その顔が思いの他真剣なものであったから、ルークは何も言えずに、ただ彼の言葉を待った。 すると、 「今から願掛けをしても遅くないですかねぇ」 唐突に彼がそんな事を言い出す。 「何を願掛けするんだ?」 問えば、彼はニコリと笑った。 「それを言ってしまっては願掛けにならないでしょう?」 「願掛けって内緒にするもんなのか」 「その方がより強く願掛けが出来ると思いますよ」 そう言われてしまうと、聞けなくなってしまう。彼が何に対して願掛けをしようとしているのか、それはとてつもなく気になることなのだけど…。 「…あ!でも、願掛けって願いが叶うと髪を切らなきゃいけないんだよな」 「そうですね」 あっさり頷かれ、ルークは眉根に皺を寄せて複雑な顔をする。 「俺、ジェイドの長い髪好きなのに…ちょっと嫌だな…」 「おやおや、貴方は私の願掛けが叶って欲しくないと?」 ジェイドが何について願掛けするのかは分からない。けれども少なくとも自分はこの髪が気に入っていて、それがなくなるのは嫌だと思う。 それは自分の身勝手だけれども。 「でも…」 「―――仕方ないですねぇ」 「わっ?」 いきなりくしゃくしゃと頭を撫で回され、首をすくめる。すると手はすぐに離れ、代わりに額にキスがひとつ降ってきた。 「私のこの髪をそうまで気に入ってくれているなら、願掛けはやめましょう」 「本当か?」 「えぇ。それに…不確かな願掛けなどに頼るよりか、それに全力で努力する方が叶う気がします」 「???」 自分の大好きな髪が切られずにすんだのは嬉しい。けれど結局、彼が何について願掛けしようとしていたのかが気になる。しかも自分のわがままのせいで、ジェイドの願掛けを阻止してしまったわけなのだし―――…。 それじゃあ、駄目だ。 「じゃ、じゃあ願掛けをするなって言っちゃったのは俺だから、俺もジェイドの願いが叶うように手伝うよ!」 「おや…私の願いが分からないのに、ですか?」 「分からなくても、色々なことを頑張って手伝えばそれに繋がるかなー、なんて」 「……ルーク」 言えば、彼はじっとこちらを見つめた。 自分は何か的外れなことを言ってしまっただろうか。けれども彼の願掛けを不意にしてしまった手前、それくらいはしなければ気が済まない。好きな人の役に、少しでも役に立ちたい。 「…………ふ」 「ジェイド?」 せめてその決意は伝わるようにとこちらも負けじと見つめ返すと、やがて彼は唐突に噴出すようにして笑った。 「…そうですね。その方がきっと、私の願掛けも叶うでしょう。お願いしてもいいですか、ルーク?」 「分かった。俺も頑張るよ!」 笑った彼にぎゅうと抱き締められて、嬉しかった。少しでも彼の役に立ちたい。いつまでも自分ばかりが迷惑かけていられないのだから。 抱き返して頷けば、ジェイドがまるで抱きかかえるようにして、ルークの髪に唇を埋めた。…そして、小さな声は切にこう告げる。 「―――お願いですから、絶対この願いだけは叶えてくださいね」
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ジェイドの願いごと。
あえて公言はしませんが、まあ十中八九ルーク絡みで。
なんかウチのジェイドってちょっと弱いような…。
しかしちょっといちゃいちゃし過ぎでないですかい?
と言うかここドコ?(…)