「ジェイドの手って、もっと繊細そうなのかと思ってた」

「何ですか、藪から棒に」

 

+残酷な優しさ+

 

 掴まえた手をしげしげと眺めながら言えば、彼は書物の手を休めて体ごとこちらに向く。

 普段は長い手袋に包まれている手は、さすがに宿屋にいる今は素手で。書物に夢中になっている時は相手にしてくれないから、ページをめくるのとは反対の、手持ち無沙汰な反対の手だけ掴まえてみた。

 するとされるがままなので、それをいいことに眺めることにする。

 そこで気付いた、意外なこと。

「だってジェイド、譜術師じゃん。おんなじようなティアは、もっと繊細っぽくて細〜い感じだったのに」

 言うと、ジェイドは苦笑した。

「女性と一緒にしないでください。それに私は、軍属ですから。譜術以外の肉体的訓練も行いましたし、なにより槍を使いますしね。肉刺だってそれなりに出来ますよ」

それは触れば分かった。指の節や手の平に出来た、固い肉刺。押すように触れば、それは石のように固くなっていて、一見優男風のジェイドの風貌からは想像も付かないほど、立派だ。

そうやって、皮膚というにはあまりに硬い触り心地が気になって押したりしていると、頭上から苦笑を含ませた溜息が漏れ聞こえた。

「痛くねぇ?」

「…そんなに触ってももう痛くもありませんよ。貴方だって剣を握るのだから肉刺くらい出来ているでしょう?」

「あ」

するとこちらが持っていたはずの手がするりと逃げて、逆にこっちの手を掴まれる。そして手の平を上にしてじっくり眺められると、不意に長い指が肉刺を辿った。

「―――ほら、ちゃんとこうして肉刺が出来ている。剣を握る時の癖が出るから、一人一人多少は違うのですが…立派なものですよ、貴方のも」

優しくくすぐられるような指先の感触と言葉が、少し耳の裏のあたりをくすぐったくさせる。

「…それって、褒めてくれてるのか?」

 そんなむず痒い感覚に顔をうかがえば、何故、と彼は首を傾げた。

「褒めてますよ。鍛錬をしっかり積んでいる、そんな努力の証でしょう?努力は、ちゃんと賞賛すべきです」

 そうやって真っ向から言われると、少し頬に熱が上がるのを感じた。それを照れくさい、と感じつつ、ルークは笑う。

「へへ。ジェイドに褒められると嬉しいや。…ありがと」

「どういたしまして。…けれど」

「?」

 ふと、ジェイドが手を引き、己の口を覆うようにしてルークの手の平に唇に押し当てる。手の平越しに、覚えのある薄い唇の感触が触れて、そしてそのままで彼は言葉を放った。

「―――あまり嬉しくない、そんな反面もあるんですよ」

「ジェ、ジェイド…?」

 そのまま喋ると吐息と唇が触れ、さっきよりずっとくすぐったい。けれども彼のらしからぬ真面目な様子に、手を振り払えずにいた。

 すると彼は手に唇を押し当てたまま、

「―――人を殺めた日の夜、震えが治まらなくて眠れない貴方を私は知っています」

 静かな口調がそう告げた。

「剣は人を救うことができる道具ですが、同時に人を殺める道具でもある。それが上達した、というのも心の優しい貴方にとっては酷なことでしょう」

「ジェイド…」

 言葉にぎゅ、と心臓を掴まれたような気がした。

自分の事を何でも知っているジェイド。今だって敵とは言え、人を手にかけるのが怖くて堪らない。流れる血は心の根からの震えを呼び覚ますよう。臆病者、と罵られても仕方がない…けど、それは怖くて怖くて堪らない、けして慣れぬ衝動。

 ヴァンと稽古をしていたあの頃は、教えてもらった剣技がまさかこんな事に役に立つなんて思いもしなかった。

「けれども私はそれを『もういい』、とは言えないのです。貴方を戦いから遠ざける事は、私だけの私意ではどうにも出来ない」

 そう言う言葉と視線が酷く優しくて、

「すみません」

「ジェイドが謝ることじゃないよ…」

 離してもらった手で、彼を抱き締めた。

「―――俺が決めたんだ。怖いのは…変わらないけど、もう後戻りしないって、決めたんだから…ジェイドが悪いわけじゃない」

「………ルーク」

「ジェイドはそんな事思わなくていい」

 抱き締めて、胸に顔をうずめて。その体の奥へと言葉を向ける。

 ―――心地よい鼓動の音が聞こえた。穏やかな、けして乱れもせずに刻み続ける、ジェイドらしい心臓の鼓動。

「……………ありがとう、ルーク。けれども…貴方はいつまでもその恐怖を忘れないでください」

 こちらの背を抱き返され、髪に、唇が埋まる。

 

「人を殺める恐怖を知っている貴方は、けして私のようにならぬよう……」

 

 



エロ眼鏡ばかりじゃ駄目だろうと思い、
切な系を目指してみました。
ゲーム中でも思ったのですが、ジェイドってつくづく損な役回りだなあって。
何もかも知っていて、止める事が出来ない。
パーティの最年長者として、常に冷静に、私意ではなれない。
それを苦しんでいるのに、それをさらけ出すことはしない。

それをルークだけが知っていればいいなあ、なんて。