真夜中の珍客は、どうやら静かに扉をノックするという礼儀も知らないようだ。 「ジェ〜イドぉ!起きてるのは分かってんだぞ〜!観念してここを開けろ〜」 激しいノック音にでたらめに回されるノブ。遠慮なしに聞こえてくる声は大歓迎なのだが、この様子はいただけない。 今日あった事をまとめていた報告書からペンを置き、ジェイドは立ち上がる。 「…はあ。まったく、近所迷惑ですねぇ」 そんな余程頭が回っていない様子にジェイドは溜息をつく。 そして―――…。 「こら〜ジェイド、俺が呼んでるのに開けないとは何事…うわぁぁ!?…ぶっ」 ノブが回った瞬間、向こうが扉を引く前にこちらが扉を引くことにした。すると向こうでも無意味に扉を引こうとしていた彼はバランスを崩し、こちらへと倒れ込んでくる寸法となる。それはもちろん思う通りとなり、ジェイドは避けもせず、ただ突っ立った体だけで倒れこんできた彼を受け止めた。 「…まったく、今何時だと思ってるんです?夜這いならもう少しこっそりとするべきでしょう…って、ルーク。聞いていますか?」 あまりに色気のなさ過ぎる真夜中の訪問を咎めれば、ふと様子がおかしいことに気が付く。倒れ込んできたまま、動かない彼。 不審に思い、頬をすくい上げると触れた頬が熱く感じ、上げさせた顔はやや上気し、目も不自然に潤んでいる。これはこれで食指の動く表情だ。悪くはない。 だがこの状態、思い当たるのであれば…。 「―――ルーク、貴方…お酒を飲んでますね?」 「酒〜?…飲んでない」 「それだけ酒臭い息をしていてよく嘘が付けますね…」 嘘も甚だしい様子に、だが彼は肯定しようとはしない。 「酒なんて飲んでねーよ!ただちっと喉渇いたから、俺の部屋にもあったあそこにある水差しみてぇなのを一杯飲んでだなあ」 「水差しみたいな物…?」 自分から離れようともせずに背後を指差す先には、確かに宿泊客用の水の入った水差しと…ブランデーの入った小さめの水差しがある。ランプの薄明かりにも分かる、琥珀色の液体。 ジェイドはルークを受け止めたまま、溜息をついて眼鏡の中央を押さえた。 「…ケテルブルグの夜は冷える。だから宿も宿泊客の部屋のひと部屋ひと部屋に、気付用のブランデーを用意するものである。…普通なら、紅茶に垂らして使うものなのですが…」 どうやら彼はそれを水と間違えて一気に飲み干したらしい。行動が不可解なのは酔っ払い故、体温が高いのはアルコールの摂取による血行が促進されているからだ。目が潤んでいるのもそのせい。 「確認もせずに、というのが貴方らしいですが…」 「何だよ〜文句あんのかよ〜。俺は水を飲んだだけだぞ〜?」 「…ふぅ。このまま放っておくわけにも行きませんね」 呆れるジェイドだが、倒れ込んできたまま変わらず離れない彼を外に放り出すのは、少々気が引けた。部屋に大人しく帰りそうにもない彼が、自分の部屋から追い出されてガイの部屋に行かない、という可能性を考えたからだ。 その可能性はあまり芳しくない。 「…いつまでもこんな場所で騒いでいても仕方がない。入りなさい」 「最初からそう言やいいんだよ♪」 招くと、喜々として部屋に入り込んでくる彼。 (まあ確かに、一番に私の部屋に訪れたのは褒めるべきですが) そのまま我が物顔でベッドに飛び込む彼に、今度こそ水の入った水差しから水をグラスに注いでやる。 「ルーク、少し水を飲みなさい。薬も…専用ではないですが、明日の朝つらい思いをしたくないのならば」 常備している気付薬を探し、水と共に差し出せば、ルークはべえ、と大きく舌を出して言った。 「もう別に喉渇いてねぇし、ジェイドのくれる薬は苦くてまじぃからいらねぇ」 恐らく飲んだこともないだろう酒に当てられ、翌朝気分を害するだろう事を予想し、先に薬を飲ませてやりたいのだが。だがグラスと薬を手にしたジェイドがベッドの縁に座ると、彼はもぞもぞと起き出してその背中に擦り寄ってくる。 やや高い体温が心地よい。 「薬は苦くてまずい方がよく効くんです。…それより、やけに引っ付いてきますね」 普段なら照れが生じるのと経験不足なことから、こういう行動に出ることはない彼が妙に引っ付いて来る。悪くはないが酔っ払いだということを考慮に入れると、あまりまともに受け止めるのは止した方がいいだろう。 「…もうこのベッドを使ってもいいですから、早く眠りなさい。寝不足の上二日酔いまでなられて責められるのは、恐らく私でしょうしね」 諦めてグラスを起き、引っ付いてくる彼を寝かし付けようとする。…が、背中に引っ付いた彼は離れようとはせず、ジェイドの寝かし付けようとする動きに抵抗した。 「ルーク」 それを軽く咎めると、引っ付いて離れない彼が、 「やだ、まだ寝ないぞ。俺はジェイドをあっために来たんだからな」 「…………何ですって?」 そう言ってぎゅう、と背後から腰の辺りに抱き着く。 自分の耳がもうろくしていなければ、今彼は自分に対して『温める』と言った。その言葉をどう捉らえるのか。それは自分と彼の関係に大いによるものだった。 「…酔っ払いが、意味を理解して言っているんですか?大体私は一言も寒いなんて言ってはいないのだから、極普通の意味で『温める』は通用しませんよ」 最初に退路は塞いでおくと、違ぇーよ、と声を聞く。そして自分の背中にぴったりと頬を寄せた彼は、ぐりぐりと懐きながらこう言った。 「だってジェイドってちょっち性格冷たいじゃん。なんか水飲んでから俺熱いしさ〜、だったらこうしてたらジェイドも少しはあったかくなるかと思って」 「――――…」 それが酔っ払いの戯言と分かっていても、思わず溜息が漏れた。今でこそ心底思う。この彼を真夜中の廊下に放り出さなくて良かった、と。 それにしても誤解もいいところだ。 「…体が熱いのは酒を飲んだせいです。それに貴方には精一杯、優しくしているつもりなのですがね」 「お?」 呂律すら怪しい酔っ払いの腕を解くのは簡単だ。引っぺがすように払うと勢いのまま、ルークをベッドの中央に沈ませる。さすがケテルブルグ随一のホテルのベッド、投げた勢いと自重でルークは一度深く沈み、起き上がるタイミングを外す。 「大人をからかう悪い子には、少々お仕置きが必要ですね」 「ジェイド?わ、あ、おぉ!?」 そしてその外したタイミングに図ったように覆いかぶさったジェイドは、突然投げられたところを覆いかぶされてじたばたするルークの顎を捉え――――…。 「…んぅ…」 ちょうどわめいて開いていた大きな口を、被せるように塞ぐ。少しでも余裕を与えるとうるさいので、隙間なく合わせ、間抜けに開いたままの口の中に舌を入れてやった。 (―――酒臭い) 唾液が絡むと、自分の舌までアルコールが刺激してくる。自分は手を出さなかった気付酒は、思いの他強いものだったようだ。 よく彼が一気に飲み干して倒れなかったものだと、密かに感心する。今後うまく酒と付き合っていけば、そこそこ飲める方にもなるかもしれないが…自分としては、苦手でいてくれる方が楽しめるかもしれない。 「…ふ、は…ジェ、イド…」 「そんな顔して…もう降参ですか?」 そんな悪巧みをしながら、舌が痺れて喋れなくなるまでその口内を堪能し、解放する。その間吐息すら許さなかった為か、自分を見上げる目はとろりと熱と酸欠に溶けていた。 いつもなら完全に堕ちるまでぎゃあぎゃあとうるさいものだが、たまに大人しいのも悪くはないだろう。何より、最初にその気もなかったこちらを誘ったのは、彼自身なのだから。 「まだまだ、私は温まりませんよ」 「ん…!」 耳元に囁き落とし、耳朶に甘く歯を立てると、真下に組み敷いた体は素直に反応を返す。それから首筋を舐め、シャツから無防備に覗く鎖骨に顔を埋めれば、頭上からかすれるほどの小さな吐息が漏れた。 若い体は覚えることがいちいち早い。しかも生まれてまだ七年しか経っていない彼の頭脳は、今から様々な事を見聞き、そして体験して覚えていくのである。 その中に自分を刻み付けていく行為は、実に優越感に満ち溢れていた。何も知らない真っ白なページに、自らの手で文字を書き加えていく。言葉を、思いを、…熱を。 ―――それもこれも彼自身がこうして、貪欲に、真綿が水を吸い上げるごとく覚えていくのを見守る自分は、 (最上級、優しいつもりなのですがね……おや?) 「…………ルーク?」 舐められ、甘く噛んでやるたびに反応していた体から、ふと反応を得られなくなっていることに気付く。されるがまま、とは少し違う反応に、ジェイドは徐々に下へと侵攻した体を起こし、顔を覗き見る。 ―――すると。 「…あれだけ誘っておいて、先に眠ってしまうとは酷いですね…」 行為の最中だったとは思えないほど、穏やかな寝顔を見せ付けられ、さすがに脱力する。耳を澄ませば、いつしか吐息は単なる寝息へと変わっていたのだ。 ジェイドは溜息をついて上から退くと、シャツをただし、シーツとリネンを引き上げる。そうしてまるで先ほどまでの熱がなかったもののように、隠してしまった。 「お子様にはまだ刺激が強すぎましたね」 朝起きた彼は恐らく覚えていないだろう。そして二日酔いに苦しむのだろう。 それを少しいい気味だと思う、悪い大人。 「大人を振り回した罰です…そう思えば、大した罰でもないでしょう?」 そんなこと知りもしない幸せそうな寝顔に、ささやかなキスを落とした。
|
第二弾は気張ってちゅーしてみました。
大佐は汚い大人で悪い大人なんですよ。
でもお子様に振り回されちゃってるんですよ(顔には出さないけど)
そしてそのことにお子様は気付いてないのに萌え!
気付いてないのをいいことに色々更に悪いことしちゃう大人にも萌え!!
どうでもいいですが、
今まで色んなジャンルを渡ってきましたが、酔っ払いネタ絶対書くね、私。