「…いやあ、生まれたばかりのルークは言っちゃあ悪いが赤ん坊みたいで可愛くてなあ。言葉どころか歩き方まで分からなくて、俺が付きっきりで面倒を見たもんだ」

「―――ほう。…まあフォミクリーで造り出された直後ですから、人の手がなければ生きていけない赤子も同然です。赤ん坊を誰かが世話するのは人として至極当然の行いですね」

「……今でこそちょっちヒネくれた部分もあるが、あの頃はよく俺に笑ってくれたよ。ガイ、ガイって後ろを付いて回ったりしてさ。可愛かったんだぜ〜」

「あぁ、一種の刷り込みですね。ファブレ公爵という忙しい両親を考えるに、一番近しい貴方が『親』代わりだったのでしょう。それも至極当然の現象です」


+汚い大人+

  

「…どれもこれも極自然で、当たり前の現象です。それが何か?」

「………アンタ、どうあっても認めないつもりだな…」

「何がです?貴方の自慢話など、私の何事も揺るがすことは出来ない。ただそれだけの事です」

テーブルを挟み、言葉通りいつもと変わらぬ顔で対峙するジェイドに、ガイは半目で呆れ声を上げた。

自分だけがと可愛がっていたルークが、最近懐いているこの食えない男…ジェイド・カーティス。マルクト軍の将校で階級は大佐。類まれなる頭脳や譜術の才能から、ピオニー陛下の懐刀の呼び声高く、兵の間では敵味方関係なく『死霊使いジェイド』として恐れられている男だ。

――――その男が、最近自分が手塩にかけて育てたルークに、ちょっかいを出していると言うのだ。

最初出会った頃は世間知らずすぎて話にならないだの、常識も知らないお子様だのと馬鹿にしていたクセに、ここのところどうだろう。仲間として認めている、というなら良いにしろ、それとは少々違った立ち位置。

基本的なスタンスは変わっていないにしても、ルーク側の反応が明らかに違う。

以前のルークなら、こんなあからさまにヒトを食ったような大人には懐かなかったはずなのに。確かにルーク自身も昔とは変わってきているのだから、反応が違って見えるのもおかしくないのだけれど…(実際自分に対しても接する態度が変わってきているから)

「まあ確かに、今を思えば…造られたてで右も左も分からないような幼い彼を、より私好みに育てられれば変わっていた、かもしれませんが」

「いや、それはそれで怖いルークが出来そうな気もするんだが…」

 ―――以前はこんな事、絶対言わない。

(というか、大佐に育てられたルークってのも怖いなあ)

 それはもはや今のルークじゃないだろ、と心の中で突っ込みを入れておきながら、視線でルークの姿を探す。さきほどミュウを連れてこのテーブルから席を立っている彼は、酒場の隅のオルガンに興味を引かれている。もっとも弾けるわけではないので、ただいたずらに人差し指で鍵盤を鳴らすだけのようだが。

「大体、なんでルークなんだ?あんた程の御仁なら、国に戻れば嫁さんなんてより取り見取りだろうに」

 若くして大佐、しかも頭脳明晰顔もよし。言い寄ってくる女性も少なくないだろう。もっとも、この性格をよしとする女性に限り、だろうが。

 思わず漏らしたようなガイの言葉に、ジェイドは興味なさげに肩をすくめた。

「否定はしません。…が、軍人の嫁になどなるもんじゃないですよ。敵からは要らぬ恨みは買うは、味方にはこき使われるは…その婦人となれば胃に穴は必至です」

「正直だなあ」

「それが私のチャームポイントですから」

「必要な嘘をつくときは容赦ないくせに」

「本人が認めない嘘は嘘じゃないですよ」

 ほんっと、食えない男だ。

 せめて本心を聞き出してやろうと思うのだが、まったく付け込む隙がない。まあ相手は『死霊使いジェイド』と恐れられた男。そう簡単に付け込めるような隙を作るとは思えないのだけれども。

「―――なあ、ガイ!」

「ん?」

 今日のところはジェイドを突くのを止めにしようと思った丁度、ようやく弾けないオルガンから興味を引いたルークがテーブルに戻ってくる。

「飯終わった?」

「おう、終わったぞ。何か用か?言っとくが俺もオルガンは弾けないぞ。ティアやナタリアなら出来るんじゃないか?」

「そうじゃなくてさ、もうちっと後でいいから剣の稽古に付き合ってくれよ」

「飽きるの早いな〜。楽器の一つくらい弾けるのが貴族の嗜みってもんだぞ」

 もう興味が別に移ったらしい気の変わりの早さに呆れれば、うっせーな、と彼は頬を膨らませる。

「別に嫌ならいいんだよっ。無理して付き合ってくれなくても…」

「そんなこと言ってないだろ?いいぜ、付き合うよ」

「ホントか!」

 言えば、目に見えてぱあっと顔が輝く。

 まあルークが変わってしまったのは少しさびしいが、こういう素直な反応は嬉しいかぎり。と言うか、剣の稽古に誘ってくれるのは自分だけ、と言うのにも優越感がある。同じ剣使い、と言うのもあるのだろうが、これだけはジェイドに譲れない。

 なんて少々勝ち誇った顔を向けてみると、何故だかふ、とジェイドが笑った。しかもこっちを嘲るような、『甘いですね』的嫌〜な感じの笑い方で……。

「―――ルーク、剣の稽古もいいのですが」

「?」

 嫌な予感は拭えず、何を言い出すのかと見やる。

 

「今夜は―――『いつもの勉強』はいいのですか?」

 

「………『いつもの勉強』?」

引っ掛かる単語を発したジェイドを見遣り、その視線の先を辿る。すると…。

「!?」

思わず手にしていたグラスを取り落としかけた。

何てことはない。己の視界にさっきとは打って変わって、耳まで真っ赤にした彼が立っていたからだ。視線が泳ぎ、やや口を歪めた彼は明らかに動揺している。

―――勿論それがこの食えない大人の言葉の仕業と言うのは明白で。

だがそんな驚愕のガイを余所に、二人の当て付けるような会話は続いた。

「べ、勉強は…昨日したばっかだからいいんだ…!」

(昨日したのか?!いつの間に!)

「おや、そうですか?ですがあまり日にちを空けると、いつまで経っても身につきませんよ?それに、続けて学習を行う事によって早く慣れる」

(何が慣れるんだ?!て言うか何処!?)

「う〜…でもジェイドってスパルタだから、俺時々付いていけなくなるんだけど…」

(スパルタだと!?ルークに無理させてんのか!?)

「そんな事はありませんよ。貴方は飲み込みが早い。すぐ私のペースに付いて来れるでしょう。…それに」

二人の言葉の一句一句に振り回され、頭の中を考えたくない妄想が巡り始めるガイ。そしてそれを決定付けるようなトドメの一言。

 

「…貴方は若いのですから、私より劣っている事もないはずでしょう?」

 

「〜〜〜〜!!」

言葉はルークへ。だが視線だけは勝ち誇ったようにこちらへ。

眼鏡の奥のあの目が公害的にいやらしい。

―――奴はきっと、間違いなく変態にちがいない。

「ルーク!行くぞ、いますぐに!」

「え、えぇ?ガイ!?飯はもういいのか!!?」

ガイは早急に立ち上がるとルークの腕を引き、酒場の出口を目指す。早くこの公害的な大人からルークを離さなければ。

けれども引っ張り連れて行くガイを止める者はいない。見たくはないが気になり、出て行く際にちらりと肩越しに見やった後ろの席には―――。

「……あの余裕がムカツクなあ、おい」

「ん、何が?」

 変わらぬ含んだ笑みを浮かべる大人には、これっぽっちも効いていない様子に、ただただガイは胸に決意を固めるのだった。



うおーい。
初のジェイルク小説って言うか、ジェイド×ルーク←ガイだ。
しかもガイが哀れ(涙)
ジェイドの言う『いつもの勉強』は皆様のご想像力にお任せします。
これで普通に勉強…のわけはないと思いますが。