「総士は、高校を卒業したら第2種任務は何に就くつもりなんだ?」
 楽園の午後。ランチ客の姿がなくなった穏やかなで静かな空気の流れるそこで、遅れてランチを取りに来た総士にカウンター越しに声をかける。
 総士が帰ってきて一年が経ち、また夏が巡ってきた。高校は夏休みだが、夏休みに入る前に第2種任務の希望調査があったのだ。
 竜宮島には大学はない。そもそもそれまでの竜宮島には高校すらなく、本来ならば15でメモリージングのロックが解け、子供たちはそのままアルヴィスでの任務につく筈だった。
 しかし自分たちの代はそれよりも早くに戦時下に入ってしまい、早期のメモリージングの解除を余儀なくされてしまった。その所為か、学校という平穏の象徴であるものに惹かれ、皆の総意で中学の中に高校を造ってもらったのである。
 学年も今年で三学年揃い、いい加減中学の中に間借りするのも窮屈になってきたので、そろそろ高校の新校舎の増設を検討し始めたと史彦は言っていたが。
「第2種任務か…もうそんな次期か」
「もうそんな次期なんだよ」
 夏休みと言っても、生活ががらりと変わるわけでもない。第1種任務はあるし、もちろん宿題もある。それだけじゃなく、夏休みだからと言って島を出ていくことも叶わないのだ。
「あれって、希望を出せばその通りの第2種任務に着けるのか?」
「個人の適性もあるが、なるべくは希望通りにできるようしているらしい。ただし選択肢の幅はそう広くないから、多少の妥協はしなければならないが」
「まあ、そんなに広い島じゃないしな」
 総士の暗に含む意味を汲み取り、一騎は肩をすくめた。就ける任務は、もちろんこの竜宮島の中でだけだ。特殊な職種に関してはなかなか難しい。以前島を出てアイドルになりたいと言った人物が約二名存在したが、一人は現実を知ってその夢を諦め、もう一人は諦めきれずに竜宮島中学校で歌って踊れる生徒会長を務めている。
「一騎はやはり楽園でこのままコックとして働くのか? それともおじさんの跡を継いで陶芸家か?」
「んー…まだ決めかねてる、っていうか、両立できるならしたい、かな。中途半端だと思うか?」
 楽園でこのようにコックまがいのアルバイトをするようになって二年以上が経過した。そして自分の手で作り出した料理を誰かに食べてもらい、『おいしい』と言ってもらえることの喜びを知った。できることならば、島がこのまましばらく平和を保てるならば、一騎としては続けていきたい。
 そして陶芸は、史彦の真似をして始めたものが、最近はちょこちょこと売れるようになってきた。また楽園で使えそうな食器も自作するようになり、溝口が買い取ってくれたりもする。最初はただのそこらへんに埋まっているただの土くれが形となり、それが自分たちの生活に欠かせない必要な道具となる。そういった進化とも言えるべく変化が、一騎の興味を惹いた。
 料理共々、一騎が興味を惹かれるのはそういったところだ。誰かの身になる。誰かの役に立つ。それが嬉しい。それは昔、自分を否定することでしか生きることを見出せなかった自分への反動なのだろうか。
「いや、お前はそれでいいのだろう。料理に皿は不可欠だし、皿があるなら料理が必要だ。ある意味どちらも必要不可欠で、それが同じ人間が生み出したとなると職人的なこだわりも感じられる」
 しかし総士はまた違った見方を述べる。こだわり、確かにそう言われてみれば、全部自分の好きなようにやりたいんだ、というのは職人っぽいではないか。
「なるほど、そういう考え方もあるのか」
「……一体何を考えていたんだ?」
「あ、いや、別に、ただ単にそういうのも面白そうなーって」
 誤魔化した。一騎の考えは、イコール、以前総士を傷付けた過去の事実へと繋がる。総士は今も尚視力を奪うその傷を、自分を自分にしてくれたものだと感謝してくれているが、一騎にしてみれば総士を拒絶し、逃げ出した記憶の傷だ。もっともその誤解は解けたものの、それでも心の奥底に根付くものは消えない。
「楽しみにしている」
「え?」
 唐突に放たれた言葉に、一騎は我に返って聞き返した。
「何を?」
「お前のその夢が叶うのを、だ。お前の作った食器で、お前の作った料理が食べられる。そしてそれを食べた人は幸せな気持ちになり、また来ようと思う」
 総士の視線の先には、既に綺麗に平らげられたカレーの皿がある。
「食事は生きる糧だ」
「確かに食べないと死んじゃうもんな」
「そういう意味もあるが、それだけではない。食べたいからまた来よう、と思う気持ちは単純だが、明日を生きる糧になる。この島には、それが一番必要だ」
 フェストゥムからも、人類からも追われ、身を潜めて生きている。平穏は仮初めでしかなく、いつ破られてもおかしくはない。
 それがわかっていても、皆、今は仮初めでもいい、この平穏をどうにか長く続けていこうと必死なのだ。だからこそ、明日を、未来を望む意志は必要なのだ…と総士は言いたいのだろう。
 それが美味しいものをまた食べたい、という欲求に同義だと言われるのは若干かいかぶり過ぎのような気もするが。
「―――って、そう言えば、俺がお前に『第2種任務何に就くか決めたか?』って聞いてたのに」
 気付いたら自分のことばかりになっていた。
「まさかおじさんの跡を継いで、中学の校長先生になるつもりか…?」
「校長が世襲制のわけがないだろう」
 呆れられた。こっちは心配して言ってやってるのに。
 そもそも総士は生活の割合はアルヴィスの方が多いため、そういうものが想像し辛いのだ。本をたくさん読んでいるから学者、なんてものは、この竜宮島では意味がない。そもそも研究なら第1種任務でできる。
 漁師、魚屋、風呂屋、駄菓子屋、豆腐屋……と色々な職に就いている総士を想像して、しかしどれも総士には似合わず一騎は頭を抱えた。妥当なところでは教師だが、総士の性格で先生とはいかがなものだろうと唸ってしまう。
「将来の夢、か。僕はお前たちが表の世界のことを知らないずっと以前から、世界が既にこういう状態で、いずれ竜宮島にも敵が訪れることを知っていた」
「総士…」
「だからこうして今のような時間があること自体、以前の僕は想像していなかった。将来の夢なんて考えたこともなかったから、正直困っている。相談する家族もいないしな」
「………」
 そう自分のことなのに何処かこともなげに言って肩を竦める総士に、一騎の胸は締め付けられる。どうにか助けになりたいが、残念ながら一騎の想像力では、総士に適切な職業というものがアルヴィスでの戦闘指揮官以外に思い付かない。
 すると真剣に悩み始めた一騎の様子に、総士は苦笑して、
「まあ、まだ夏休みは長い。幸いここのところは平穏で考える時間もある。またお前が相談に乗ってくれ」
「え、俺でいいのか?」
「お前以外にいるのか?」
 逆に尋ねられ、胸の奥がかあっと熱くなった。他の誰でもない、総士は一騎だから頼ると言う。
 ふとカウンターの上に置いた一騎の手に、総士の手が重ねる。視線を向ければ、一騎を見つめる穏やかな視線と視線とが重なった。
「わかった。俺で良かったらいくらでも」
「ああ」
 信頼を示す証のようなその温もりに、一騎は満面の笑みを浮かべて頷いた。

「ああでも、お前の夢を聞いて一つ、僕なりに思い付いたことがある」
「え、何だ?」
 総士の綺麗に平らげられた皿を片し、食後のコーヒーを差し出したところ、それを受け取りながら酷く真面目な顔をしてこう言うのだ。
「―――これからもずっとこうして、お前の作った食事をお前と一緒に食べていたい。それが今の所言える、僕のささやかな夢だ」
「っ、そ、それって……っっ!?」


夏大阪の無料配布でした。19歳に滾って19歳をかく筈が、うっかり18歳(?)ネタに。皆城さんの将来の夢はヒモです。

[2011年 9月 2日]