ある意味こどもの日と連作。誰もが認める真壁家のお母さんです。だってほら、竜宮島お嫁さんにしたいNO1だもの。そして一騎がいないとあの家は誰ひとり生活できなさそう。
[2011年 5月 8日]
「一騎、あのさ」 「何だ来主?」 「あのね」 夕食も終えたひと時。最早四人で取ることも極当たり前になってきた頃。一騎の父史彦は、片付けも終えて早々にアルヴィスに向かってしまった為、家の中は今一騎と自分と操だけだ。 そんな一騎は食器の片付けも終え、キッチンを整頓してまたいつもの通りにシンクを磨いていた。その傍に、後ろ手に何かを持った状態の操が、すすす、と近寄ってくる。残念ながら総士の位置からはその手に何が持たれているのかまでは見えない。 「こっち向いて」 「何なんだ、一体?」 「いいから!」 シンクに向かったままの片手間じゃあ駄目だという操に、タオルで手を拭きつつ、酷くよく似合ったエプロン姿で一騎が操を振り返った。 すると、 「いつも美味しいごはんをありがとう!」 「?」 ばっと目の前に突き出された―――赤い花。 「カーネーション?」 思わず口に出してしまったのは、一騎ではなく、その様子を眺めていた総士だった。 そうだ、あれはカーネーションだ。赤い花弁で、控えめな細い茎。一本だけのそれは、透明なセロハン紙でラッピングされ、これまた控えめなピンク色のリボンで飾られている。花束と言うにはとても控えめで愛らしい、と総士ですら思ってしまう。 「な、なんでいきなり花なんだ?」 差し出されたものを反射的に受け取って、一騎が困惑したように問う。すると操はえへんと胸を張り、 「真矢たちが、今日は『お母さんに感謝する日』だって教えてくれたんだ!」 「お母さん!?」 「あ」 そうか、と総士は思い当たる。 「一騎、今日は母の日だ。5月の第二日曜日は母の日だった筈だ」 筈だ、というのは総士自体、母の日を意識しなくなり大分経つ為だ。母は幼い頃乙姫を身ごもったままフェストゥムに同化され亡くなっている為、もうずっとそんなことをしたことがない。それはどうやら一騎も同じのようだ。一騎も総士同様、母親はフェストゥムに同化され既にこの世にいない。母親だった存在も、既に島のミールと同期し消失してしまったと聞く。 加えてどちらの家庭も男所帯とくれば、ふと町を眺めて思い出しても、意識をしていない分記憶に長くは留まらない。 「いや、て言うか、母の日って俺、お前の母親じゃないし。そもそも男だし」 当然と言えば当然のように、一騎は戸惑いを隠せない。 「お前の母親はどちらかと言えばミールだろう」 「オカアサンっていうのは、日野美羽でいうところの日野弓子みたいな存在や、遠見真矢でいうところの遠見千鶴のような存在のことを言うんでしょ? ミールは俺の神様だもん。オカアサンじゃあない」 「だったら俺だってお前の母親じゃないぞ」 「だってそう言ったら、真矢たちが俺にとってのオカアサンは、美味しいごはんを毎日作ってくれる一騎だって教えてくれたんだもん」 「………」 率先して面白がって教えたのは咲良に違いないと、確証はないが確信する。 操が島に戻ってきて総士と同じく真壁家に居候するようになってからは、周りが何かと三人セットで親子だと扱いたがるのだ。誰がどう見ても自分たちは(外見は)年齢の近い男同士だというのに。 ただ何となく…。 「…………」 「何だよ」 ちらりと一騎を見ると視線に気付かれてしまった。 それにしてもエプロン姿が大変よく似合っている。その格好で台所に立つ後ろ姿を見てしまうと、背後から抱き締めたい衝動を抑えるのが大変なくらいだ。こういうのがそうなんだ、と言われれば、まあ強ち強くは総士も否定できないが。 「母の日はね、オカアサンの日頃の苦労に感謝して健康と幸せを祈る日なんだって。だからいつも美味しいごはんを作ってくれる一騎に贈りたかったんだ。花もね、ちゃんと史彦からもらってるお小遣いから自分で出して買ったんだよ!」 「お前、知らない間に…」 「操は客、ということでアルヴィスから給金をもらっていないからな。しかし何か職があるわけではないので、『お小遣いが相応』だということで毎月支給されているようだ。ただし生活費は接待費として真壁家に振り込まれていると聞くぞ」 「そうなんだ」 それで家族が増えても生活が苦しくないんだな、とまるで母親みたいなことを気にしている。やはりこの家でカーネーションをもらうべきは一騎だな、と口に出さずにそう思った。 「だからこれからも美味しいごはんよろしくね、一騎!」 「お前、これからもずっと俺の飯ばかり食ってるつもりなのか。新しく生まれたミールやコアはどうするんだ」 「それはそれ、これはこれ! だって一騎のごはんおいしいんだもん〜。俺ずっと食べてたいんだもん!」 「うわ、こら、抱きつくな…!」 ぎゅう、と正面から抱きつかれて、一騎が助けを求めるような視線をくれる。だが総士はその微笑ましい光景にただ笑うのみだった。 「母の日って…びっくりした。て言うか、俺は男だっての」 テーブルの上に、史彦作のねじ曲がった一輪挿しに生けられたカーネーションが鎮座していた。操は風呂に行っているので今ここにはいない。 風呂の順番待ちをしている間二人でちゃぶ台を囲んで茶を飲んでいたのだが、ふと一騎がそのカーネーションを眺めなはら、まだどこか複雑そうな顔をしてそう言い出した。そう言いたい気持ちがわからなくもない総士は広げていた夕刊を閉じ、 「母親であるかどうかはさておいて、来主は来主なりにお前に感謝を伝えたいと思ってそれを贈ってくれたんだ。邪険にする必要はないだろう」 と、新ためて宥めてやる。しかしそんなことは一騎もわかっているだろう。ふと頬を赤らめ、一輪挿しに生けられたカーネーションを眺める。 「邪険にはしないけど…それは…確かにまあ、そういう気持ちは嬉しいけどさ」 「ならいいじゃないか。もらっておけばいい」 「でも『お母さん』なんて言われるのは勘弁してほしいからな」 それは操をどうにかするよりも、操に知識を吹き込んでくれている周りをどうにかしないといけないな、と総士は笑う。 しかしこうしてどんどん人間らしくなっていく彼を見守るのは、まるで子供が大人になっていく様を見守るようでもある。子供を持った覚えはないのだが、一騎と操のやりとりを眺めていてそう自然と思ってしまうので、周囲が自分たちに対して言うことも強ち間違いではないのかもしれないな、と思った。 「――――…」 「なんだ?」 ふと、じ…という一騎の視線に気が付き、何か用かと尋ねる。すると一騎はやや遠慮がちに、しかしどこか期待を込めた目をして、 「なあ、その、さ、総士からは何もないのか?」 「何がだ?」 「何がって、………母の日のプレゼント?」 「………お前」 思わず半目になって一騎を見た。あれほど『母親扱いされるのはごめんだ』とか言っておきながら、それはどういう言い草か。 「だって総士、来主が俺にくれたの、理由を否定しなかっただろ」 「だから僕からも搾取するのか?」 「搾取っていうか、何となく総士からもほしいかな、って…」 呆れる総士の視線を避けるように小さくなりながらも、ちらりちらりと期待を込めた視線を向けられる。その視線を受けて―――総士はふ、と息を吐き出した。 「まあ確かにお前には日頃からたくさん世話になっているしな。来主の言うとおり、『日々の苦労に感謝する』という点においては、僕も異論はない」 真壁家に居候するようになって、総士も操同様、一騎の手料理のご相伴にあずかる身だ。もちろん料理だけじゃあない。 父親と男所帯で生きてきた一騎は、当然のように他の家事もできる。一騎の父親は見ての通り…あまり器用そうな人物ではない為か、その真逆のように一騎は何でも一人でこなして見せた。それこそ、総士と操が増えた負担などまるでないかのように。 もちろん世話になる身として、総士も手伝えることは手伝うし、風呂掃除など家事能力がなくてもできることは率先し自ら行っている。それでも一騎の負担には敵わないだろう。これに関しては総士がどうがんばったところで、一騎には敵わない。この家には今、一騎がいなければ生きていけない人種しか暮らしていないのだから。 (それに、一騎の世話になったのはそれだけではないしな) 今自分がここにいるということ。 この穏やかで幸せな場所にいられるということが、何より一騎のおかげである、ということ。 その想いは、たったその一言に込めるには、あまりに大きすぎることだけれども。 「一騎、いつもありがとう」 「ん」 それを口にすれば、一騎が嬉しそうに頷いた。 「来主のように何かを用意していたわけではないから、あげられるものは何もないが」 「何もなくないだろ」 言うと、即座に否定される。じっとこちらを見る視線と、うっすらと赤みの増した頬にその意図にすぐに気が付いた。 「―――そうだな」 総士は頷き、ちゃぶ台の下でそっと一騎の手に己の手を重ねる。じんわりと伝わる指の温かさを求めるように指を絡めて繋いで、そっと互いの指を擦り合わせた。 「これからもずっとだ」 「ん」 満足したようにはにかむ一騎に、自然と顔を寄せる。普段一階でこういうことをすると嫌がるのに、と思ったが口には出さずに、そのまま直前まで一騎の顔を見ながら唇を―――…。 「一騎総士、お風呂あいたよー…ってまた俺をのけ者にして二人でいちゃいちゃしてる!」 「!」 急にすぱーん!と廊下側の襖が開いて風呂上がりの操が飛び込んできた。その音を合図とするかのように、触れる直前で一騎が飛びすさるように離れる。するとそこにできた隙間に、風呂上がりでほこほこの操がダイブしてきた。 「一騎は俺のオカアサンなんだから総士が独り占め駄目だよ!」 「だ、誰がお前の母さんだ!」 「おい、さっきと言ってることが矛盾しているぞ」 「総士はいいんだ!」 「何それ!」 腰回りにぎゅうと抱き着かれながら、一騎が力いっぱいそう言って見せるので、操がブーイングを飛ばす。まったく、さっきはそれを理由に自分にプレゼントがほしいとせびってきたというのに、と総士は苦笑した。結局それもあげられずじまいではあったが。 まあ、感謝を伝えるのは母の日に限ったことではない。 機会はまだこの先、ずっと、いくらでもあるのだから。 「―――て言うか、こら来主! まだ頭ちゃんと拭いてないじゃないか! ちゃんと拭かないと風邪引くってあれほど言っただろ!」 「やーん! 一騎乱暴すぎ!」 「……一騎、もう間違いなく今お前は来主の母親になってるぞ……」
ある意味こどもの日と連作。誰もが認める真壁家のお母さんです。だってほら、竜宮島お嫁さんにしたいNO1だもの。そして一騎がいないとあの家は誰ひとり生活できなさそう。
[2011年 5月 8日]