落ちるのは一瞬。高みまで持って行かれた体が、心が、一瞬で本当の現実に落とされる。その次にくるのは痛い程胸を打つ自分の鼓動と、二人分が重なった呼吸と体温だった。
「はあ、あ……は……」
「ん…一騎」
「あ、ああ…!」
「っ」
 力の篭らない下半身から、ずるりと生々しく総士が抜け出していく感覚に、ぞわりと背筋が泡立つ。その後にくるのは奇妙な喪失感だ。入っている最中は息苦しいほどなのに、今までそこを占拠していたそれがいなくなると、逆に淋しい思いに駆られる。それと同じくして覆い被さっていた総士の温もりと重さが離れるのも同じ思いを抱く。
 もっと重なっていたい。
 もっと、ずっと総士を―――…。
「一騎、動けるか? 動けるなら先にシャワーを…」
 そう言う総士は自分のものに被せていたスキンを外し、口を縛ってティッシュに丸めて捨てる。その様子を枕に顔を半分埋めて眺めていた一騎は、はあ、と熱と共に息を吐き出した。
「総士」
 そうして呼んだ自分の声は掠れていて、まるで自分の声じゃないみたいだった。けれども聞き届けた総士がなんだ、とこちらを向いてくれるので、

「なあ、もう一回しよ?」
「駄目だ」

 何だか妙に嬉しくなって一騎は頬を綻ばせながら言った。だがそれに返ってきた言葉は、一騎の期待とは正反対のものだった。
 あまりに即答すぎて、一瞬呆ける。けれどもすぐにその言葉を頭は理解して、がばっと腕の力で上半身を起こすと、総士に詰め寄った。
「なんで」
「明日は学校だろう」
「まだ今日だ」
「夜の疲れを翌日に持ち込み、居眠りなどによって学業が疎かになるのは頂けない」
 学生の本分は勉学にある、と、どこぞのエライ先生みたいなことを言って、総士はベッドに一騎を残し、先にシャワーを浴びようと背中を向ける。
 はっきり言って、一騎に体力云々という常識は通じない。むしろ有り余ってしょうがないくらいだ。どちらかと言えば、体力がないのは総士の方だろう。行為を始めたのは総士の方なのに終わってばてているのは総士の方だった。
 しかしつまり言えば、総士の明日に影響があるわけであって、一騎には問題ないわけだ。
 だったら―――。
「一騎……っ!?」
 一騎は無言で体を起こすと、背後から立ち上がりかけた総士に抱き着いて背後へと引き倒した。すると呆気なくバランスを崩した総士が再びベッドへと倒れ込んでくる。この島の子供において、持久力も瞬発力も力も、一騎に敵う運動神経の持ち主はいないのだ。
「一騎、おま…っ、ちょ、待」
「待たない」
 そうして背中からベッドに倒れ込んだ総士がバタバタしている内にその足を体で押さえ込み、まんまと上を取ることに成功する。やがて気付いた総士がはっと顔を上げた時には、既にその体を跨いで一騎は馬乗りになっていた。
 いつもとは反対の、総士を見下ろす位置。それが何だか新鮮で、そして妙に興奮してくるのがわかった。
「一騎、お前…!」
「総士が疲れてるって言うなら、俺がする、から。総士は何もしなくていいよ」
 言って、熱に渇いた唇をちろりと舐める。それでも何だか足りなくて、総士に覆い被さってキスをした。
「ん、はあ…」
「…っ…」
 本当はいつもみたいにとろとろになるみたいなキスをして欲しいのに、しかし頑固な総士はされるままで動いてはくれないどころか口も開けてくれない。仕方なく一騎は引き結んだ唇を舐めるだけに終えて、ずりずりと体の位置をずりさげていく。そして足の間に陣取り、総士の股間に顔を寄せた。
「一騎!」
「ん」
 何をされるか気が付いた総士の手がやめさせよう伸びてくるが、先に行動した一騎の方が早い。目の前でくったりと萎えている総士の性器を捧げ持ち、ちゅるりと唇の中へと吸い込んだ。本当はまだ後ろが解れている内にすぐにでも挿入れたかったが、総士側がこれでは収まるものも収まらない。
「一騎、やめろ…っ、汚い、だろ…っ」
「…ん、汚くない、よ。ゴム付けてたし」
「そういう問題じゃない…っ」
 精液にまみれたそれをもごもごとくわえながら喋ると、総士がびく、と震えて腹筋を硬くさせた。そういう問題じゃなければどういう問題なんだと一騎は不思議に思う。
 確かにさっきまで自分の中にあって、粘膜を擦り上げ、絶頂に導いたものそのものだ。けれどもそれはスキン越しであったし、一騎に直接触れていたわけではない。精液自体は総士のものだし、一騎が不快に思うものは何一つなかった。
「ん、く」
「っ」
 萎えたそれの裏側を舌で丹念に舐め上げていると、やがて性器が芯を取り戻し始める。するとそれに伴うように、先端からも新たな精液が滲み出始めた。
「そうし、きもちい…?」
「………」
 総士は答えない。けれども口の中で育つそれが、何よりも雄弁に総士の状態を語っている。けれどもこれじゃあまだ足りない。自分の中を貫く大きさまで、疲れている総士に変わってちゃんと自分で育てなければ。
「はあ……」
 一騎は大きく息を吐いて一旦は顔を離すと、そのまま一気にぱくりと喉の奥までそれをくわえ込んだ。そして口の中で緩やかに締め上げながら、ゆるゆると頭を前後に動かし始める。
「ん、…ん!」
「く…っ、かず、き…!」
 喉の敏感な粘膜に総士の性器の先端が当たり、思わずえづきそうになるのを一騎は我慢した。しかし口の中で着実にそれは育ち、一騎の咥内を圧迫する。そのたびに刺激されて唾液が溢れ、また先端から漏れ出てきた総士の精液に混じってだらだらと隙間から垂れていった。
「あ……っ、く、ふ…っ」
 堪え切れない声を漏らしながら、じり、と一騎の髪を掴んでいた総士の指が堪え切れずに頭皮を詰るように動く。そんなものが何故か異様に気持ちよく感じられ、何もしていない筈の一騎の性器もいつの間にか足の間で硬く勃起していた。
「う、一騎、も…っ!」
「ん」
 口の中で総士のそれがびくびくと震える。もう達するのだと訴えられ、一騎は名残惜しく口から総士の性器を抜き出した。本当は口の中で一騎に感じていってほしいが、また勃起させるのが難だ。そんな余裕があればまた話は別だが、何せ口での奉仕で想像が掻き立てられ、一騎の下半身は最早痺れる程総士を待ち侘びてしまっているのだからそんな余裕もなかった。
「一騎……」
「総士は動かないでいいよ」
 のろのろと体を起こした一騎は、再び総士の体の上に跨がる。そして膝を立たせて腰を浮かせ、勃起した総士の性器の先端を疼く後蕾に当てた。
「あ」
 その瞬間、ぞくぞくぅっと腰から背筋を震えが駆け登った。早く欲しい。まださっきの感覚を覚えている体がその震えが治まらないうちにと待ち切れず、腰を落とさせる。
「あ、あ、あぁ…!!」
「っ」
 入ってくる。いや、入っていく。ほんの数分前まで同じそれが入っていた場所へ、また同じ熱の塊が押し拓くように埋まる。
 ただ違うのは、今は隔てる膜がない。ゴムなしは総士が嫌がるからだ。しかしそれも一騎の後始末が面倒臭いからではなく、一騎の体への負担を考えての総士の優しさだった。
 けれども本音を言うと、一騎は何もなしでして欲しかった。その方が繋がった時に全部一緒になれる気がするからだ。システムを通じれば体以上の繋がりを得られると言うのに、総士とはそれ以外でも、いつでも、ずっと、もっと繋がっていたいと思ってしまう。
「かず、き…!」
「そ、し…ん、くぅぅー…!」
 ず、と体の芯に体重を乗せると、ずぷんと残りの一息が埋まった。
「あ………ふかぁ…」
「馬鹿……っ、いきなり全部入れる奴があるか」
「だいじょー、ぶ……なあ、動いてもいい、か…?」
 言いながらも、総士の腹に手をつき、ゆっくりと腰を持ち上げる。せっかく飲み込んだそれが抜けていくのが寂しかったが、それに伴う快感にすぐに意識は持って行かれた。
 それからはもう、理性は役に立たない。持ち上げては、足の力を抜いてまたくわえ込む。一騎はそれを夢中に繰り返した。
「はあ、あっ、あう…っ」
 気持ちがいい。自分のしたいように動くと、どうしても自分のいい場所ばかりを狙って動いてしまう。そんなことではすぐにいってしまう。それは総士と繋がっている時間もすぐ終わってしまうということなのに。
「そこがいいのか…?」
「いいっ、あ、キモチいい…っ」
 もちろんそんなことすぐに総士にバレてしまった。けれども止められない。ずっとこのままでいたい。けれども苦しい前を解放してほしい。一騎の中でその二つの葛藤がぐるぐる渦巻いて、どうにかなってしまいそうだった。
 ―――自分から乗って、腰まで振って、もうとっくにどうにかなってしまっているのかもしれないが。
「っ、ひゃ、ア…ッ!?」
 しかしその時だ。自分で腰を上下に揺らすだけじゃない、急に下から突き上げられる動きを加えられ、一騎の喉からひっくり返ったような悲鳴が上がる。
「そ、し…っ、や、駄目、あ、あ!!」
 リズムを崩されたせいで、腰が立たなくなってしまった。そんな一騎の手首を掴み、下からとん、とん、と総士が突き上げる。けして組み敷かれた時のような長いストロークの快感はないが、一番深い場所を小刻みに突かれる感覚は初めてで、じわりと腹の奥が熱くなってくるのを感じる。
 そこに、総士がいるのだ。
 自分でも触れられない、奥の奥へ。クロッシング中は心を、セックスの時は体を、総士が触れてくれる。その幸福感に、ずぶずぶと浸っていたい。
 ずっと―――けれども、限界はすぐに訪れた。
「ア、あ…っ、イク、い……っ!」
「かず、き……!」
 ぞくぞく、と腰の根が震える。その震えをおさめることができず、しかもそのタイミングで持ち上がった体が沈み、ずぐ、と一番深い場所を抉られた。
「ひ…っ、んん…っ!!」
「……ぅく……っ」
 駆け上がった衝動が、先端からどぷりと溢れ出す。すると思わず食い締めた身の奥に、一瞬遅れて総士の熱が放たれたのを感じた。
「すま、ない……すぐ抜いて……」
「い、いい、から……もう少しこのまま……」
「一騎…」
 呼吸を荒くした総士が体を起こして離れようとするのを、一騎は上から押さえつけて阻止する。そのままぎゅう、と首にしがみついてしまうと、耳元で重たいため息をつかれてしまった。けれども何かを諦めたのか、腕が持ち上がり、頭を撫でられる。そういうのが気持ち良くて、もう少しこのままでいたいという欲求が強まってしまうのに。
「なあ、総士」
「何だ」
「その……気持ち、よかったか…?」
 やがて呼吸が落ち着いてくると、疲れているところを自分が襲いかかったという後ろめたさが思い出したように浮かび上がってきて、途端申し訳ない気持ちになってきた。もちろんやってしまったことに後悔はないが、総士はどうだろう、と。最初は嫌がっていたみたいだし、最後は無理矢理一騎に合わせてくれたようにも思える。
「…はあ…」
 するとまたはあ、とため息をつかれてしまい、思わずびくりとしてしまった。
 ああ、やっぱり総士は呆れて―――…。
「……気持ちよくなければ、こんなことにはなっていない」
「!」
 しかしそういう総士の声も、何だかばつが悪そうだった。さっきまで頭を撫でていた手がぽんぽん、と一騎の頭を軽く叩く。
「そんなこと、言わないとわからないのか?」
「ご、ごめん」
 熱が引いていくばかりだった筈の胸の奥が、何故かじわ、と熱くなるような気がした。しかもそれに伴って体全体がまた……ああ、もう駄目だ。また我慢できなくなる。
「な、なあ」
「なんだ」
 一騎はそろそろと総士の首筋から顔を上げると、すぐ傍にあった顔がこちらを見下ろした。
「あのさ、もう一回…」
「駄目だ」


衝動〜ぼくから〜の対です。一騎が『ノリノリビッチ』という…普段こういうの書かないから思いの外大変でした…受けは受け身が好きです…での楽しかった。

[2011年 3月 27日]