「来主君、お菓子食べる?」
「お菓子?」
「あたしとカノンで羽佐間先生に習って作ったんだ」
「あ、味に保障はないからな」
「えー? なになに、俺食べるよー? おいしそー!」
 混じっていてももうすっかり違和感がない。人懐こい性格が幸いしてか、もうすっかり竜宮島に馴染んでしまった操を、一騎は総士と少し離れたカウンターから眺めていた。
 ここは昼下がりの楽園。ランチタイムのにぎわいも終わり、まったりとしたこの時間帯は割と島の子供たち…とりわけファフナー・パイロットたちの集まる時間帯であった。そして今日も例外なくそんなメンツがおり、その中でもカノンと真矢が操を囲んで何やら始めたところである。
「来主、何だかもうすっかり島の住人だな」
「ああ」
「これ何てお菓子? この銀色のも食べるの?」
「マドレーヌだよ。銀紙は食べられないから剥がしてね」
「ほら、剥いてやる」
 カノンも真矢も、一度はマーク・ニヒトに乗った操と命懸けで戦ったとは思えない、そんなのどかな光景だ。そんな一騎と総士の前にも、真矢とカノン共同制作のマドレーヌがある。これがなかなか、甘い焼きたてのいい香りがしておいしそうだった。喫茶店にお菓子の持ち込みなんて…と思うが、そんなところが緩いのもオーナーが溝口たる所以だ。
「どう? おいしい?」
「今後の参考に正直な感想を言ってほしい」
「ん〜むぐむぐ…」
 やがて操が口にしたと同じく、一騎と総士もマドレーヌのご相伴に預かる。
「―――ん。うまいよ」
「ああ」
 ふっくらしっとりしていて、卵の味が強くて一騎も好きな味だ。
 しかし何故二人がここに居合わせた自分たちも含めてではなく、わざわざ操だけを窓際の席まで引っ張って行って取り囲み、尚且つこちらから隔離するような状態で味見をさせようとしているのか一騎は不思議だった。というよりわざわざ離れたテーブルでいることの意味がわからない。
 そうやって一騎が小首を傾げる頃、時を同じくして向こうのテーブルでは、割と大きなマドレーヌをひと口で口に頬張った操が、頬を紅潮させてぷるぷると身震いをしだした頃だった。
「ん〜〜! ふぉいひー! ふぉいひーほ、ほっふぇも!」
 口にマドレーヌがいっぱいで、何を言っているやら。だがまあきっと、美味しいと言っているのだろう。それにあれは操が本当に美味しいものを食べた時の反応だな、といつも体験している一騎にもわかった。
 一騎たちの食べるものは何でも同じように食べたがる操だが、人間と同じように好き嫌いがある。その性格からわかるように子供っぽい好み(これはもしかしたら総士が影響しているのではないかと一騎は考えている)で、逆に苦みや辛みなどが苦手だ。
 しかし総士が言うには人間と同じく、操も経験を積むことで味覚も変わるかもしれない、とのこと。要するに、昔は苦手だったワサビのつーんとした辛さが、最近おいしく感じられるようになって、刺身を食べる時はなくてはならないと思うようになったことと同じ、ということか。
「よかったぁ」
「ね、ね、もう一個食べていい?」
「食べて食べて。まだたくさんあるからね」
「わーい!」
「ほ、ほら、銀紙剥いてやるぞ」
 ―――何だか甘やかせすぎなような気がする。
 すると隣の総士がコーヒーを飲みながら、
「きっと、ああいうのがいいんだろうな」
 と何かわかったようなことを言うので、一騎は意味がわからず首を傾げた。
「何が?」
「遠見やカノンが来主を味見係に任命した理由だ」
「?」
 今のやりとりを見ていて、何がわかったのだろうか。今も操は美味しそうに2個目3個目とマドレーヌを食べている。夕飯が食べられなくなると困るので、あまりもりもり食べさせられるのも困るな、と一騎は考えるのだが。
「もし仮に、あくまで仮だ。味見を頼まれたマドレーヌがまず…いや、調理者の意図とは違う味だったとする」
「………」
 言いたいことはわかるので、一騎も言葉は挟まない。
「その『調理者の意図とは違う味のする』それの味見を実施するのが僕たちなど彼女たちをよく知った者である場合、気を使い、実際とは異なる感想を口にする可能性がある、ということだ」
 つまり、まずくてもまずいとは言いづらい、そういうことを総士は言いたいのだろう。確かに、一生懸命作った彼女たちに正直には言えないかもしれない。総士なら気を使って、『個性的な味だな』、くらいは言いそうだが、それもあくまでオブラートに包んだ言い方だ。
「その点来主は素直だからな。それにまだ人の心情を察して気を使う、という高度なこともできない。率直な意見を聞きたいならば、あれほどもってこいな人材はいないだろう」
「なるほど」
 まあようするに、操なら正直にうまいかまずいか言ってくれるから、ということだ。いつも自分の作る料理を食べる時は、何を食べてもおいしーおいしーしか言わないから、一騎はそんなことを考えたこともなかった。
 ふーん…と納得していると、それに付け加えるように総士が、
「ちなみに一騎の場合は常にご意見番から除外だろうけどな」
 なんて言うので、一騎は今度こそ意味がわからずに首を傾げる。
「何で?」
「お前の場合は料理がうますぎるからな」
 それが理由なのか。それは理由なのか?
「だから駄目なのか?」
「駄目ってことじゃない。けれど、まあ彼女たちなりに思うことはあったんだろう」
「???」
 最近は一騎も楽園のメニューの関係で、プリンやケーキなどの菓子も作るようになった。しかしそんな一騎も、以前は菓子というものは女子が作るものだと思っていた男子の一人だ。一騎が料理をするのは父親が何もできないから仕方なくやっているだけであって、料理はしても、けして菓子みたいな嗜好品まで手を回すことはしなかった。
 けれども始めてみると菓子作りも奥深くて、最近では試作品をメニューに乗せる前に真矢やカノンたちに味見をしてもらうくらいだ。しかしその時はそんなそぶりを見せなかった二人が急に菓子作りを始めた、と最初に聞いた時は驚いたが―――…。
「お菓子もおいしーし、カノンも真矢もやさしーし、みんな大好きー!」
「お、おいこら、抱きつくな…!」
「あははは」
 何だかあっちは楽しそうだ。こっちは首を傾げてばかりなのに。
「まあそもそも、あんな調子で懐かれたら悪い気はしないしな」
「………」
 するとそんな様子を見て、なんて苦笑混じりにつぶやく総士に、一騎は思わず黙ってしまった。
「何だ?」
「……総士もやっぱ、あーいうのがいいのか?」
 あーいうの、というのはもちろん操のことだ。何気ない視線で操を指しながら尋ねれば、総士も操を見る。いつの間にやら後輩生徒会メンバーも集まって、その中心で操が美味しそうにマドレーヌを頬張っていた。
 その視線がまた一騎に戻るので、一騎はついっと視線を避けるようにカウンターの上のマドレーヌへと移す。
「どうしてそうなるんだ」
「別に…ただ何となく」
 言葉にするのは難しい。ただ何となく、喉に刺さった魚の骨のようなものを感じたからだ。
「―――何をどう捉えての言葉かわからないが」
「っ」
 するとため息と共に肩を竦めた総士が、カウンターの上にあった手にそっと手を重ねてきた。驚いた一騎が思わずびくりとして手を引こうとしたが、重ねた手を握られてそれすら阻まれる。何も言われないが、不思議とそっちを見なくてはいけないような気がして視線を上げると、ばっちりと自分を見る総士と視線がかちあった。
 そして。
「いいか、僕はこーいう方がいいんだ」
 まっすぐと一騎の目を見て告げる、優しい言葉。
 ……こーいう方、とはつまりそーいうことで。
 一騎はすぐさま、かあ、と頬が熱くなるのを感じた。
「そ、そうか」
 それだけ言って、誤魔化すように残りのマドレーヌを口に詰める。
(何言ってんだ…俺)
 操相手に、と我ながら呆れる。呆れて、そしてとてつもなく恥ずかしいことを反射的に口にしてしまったのだと後悔した。
 けれどもそれ以上に、その後の総士の言葉が嬉しかったりもするのだが。
「一騎」
 そう言えばずっと手を握られたままだと気が付いた時、総士が呼んだ。その声に呼ばれると、どんなに遠くても、どんなに近くても、自然と視線がそちらを向くのもまた、最早反射だった。
 すると椅子から腰を浮かせた総士がそっとカウンター越しに体が寄せ、ひそ、と声を潜めて。
「―――あまり可愛いことをするな。抑えが効かなくなる」
「な、なんの?」
「…言っていいのか?」
 思わず反射的に尋ねてしまうと、何故か総士がにこりと微笑んだのに悪い予感がして、それ以上聞くのをやめた。


操に嫉妬、一騎ver.――-は、しまった。総士視点にすればよかったな…。

[2011年 3月 6日]