副題のとんびは『とんびに油揚げをさらわれる』の意です。もちろん操が鳶(空飛べるし)。総士、うかうかしてられません。というか赤ちゃんに奥さん取られた旦那のような気も。
[2011年 2月 26日]
「二人とも、ご注文は?」 「一騎カレーを。後、食後にコーヒーを頼む」 「俺はね、俺はね……んーと……今日は一騎オムライス!」 操を連れて楽園にくるのは、昼のピーク時を過ぎたランチタイムぎりぎりだ。操が食べるのが遅い為、混んでいる時は店の迷惑になるだろうという総士なりの配慮からだった。そしていつもそんな時間にくることを知っている一騎も、ちゃんと二人の為にどんなに暇な時でも早上がりせずに待っていてくれる。 店主の溝口は最後の最後に入った出前に、真矢は真矢でピーク時が過ぎたので既に早上がりをしていた。なので店内は今三人だけだ。 「総士のはすぐできるからな。来主のはちょっと待ってろよ」 「うん。楽しみ〜」 一騎はまずオムライスのケチャップライスから取りかかる。カレーはランチに組み込まれているので、鍋を温め、皿にライスと共によそうだけでいい。 手早く玉ねぎとハムを炒め、そこにライスを入れて塩コショウ。色どりにグリーンピースをぱらりと、そして味付けはケチャップでケチャップライスの完成だ。その頃にはちょうどカレーの鍋が温まってくるので、オムライス用の表面に傷のない綺麗なフライパンを取り出して温めながら、カレー皿にライスを、そして温まったカレーをライスよりやや多めに注いで、福神漬けを添えて先に完成させる。 あと栄養を考えてミニサラダをつけて、お冷のポットと共にテーブルへ。 「はい、先にカレーお待たせ」 「ああ、ありがとう」 さて、これでそろそろフライパンが温まる頃だ。卵は二つ。ボウルに割り入れて、少しの塩と牛乳を投入。それを菜箸で攪拌しながら、熱くなったフライパンにバターを落としてよくなじませる。 「さて」 ここからが時間との勝負だ。 一騎はバターがまんべんなくフライパンに回ったのを見て、そこに攪拌した卵液を投入した。そしてすぐさま、半熟になりかけるそれを菜箸でぐるぐると3、4回掻き混ぜ、そこで火を弱火に。その頃にはもう卵は上側が半熟、フライパンに接している下側はふわふわに焼けているので、それ以上火が通ってしまう前に卵の中央にケチャップライスを置く。最後はフライパンを揺すりながら、用意した皿の上にくるりとひっくり返すように移せば―――…。 「ん。綺麗にできた」 焦げ目もなく、綺麗な卵色に焼けた卵にケチャップライスが包まれている。破れもないし、完璧な仕上がりだ。 自画自賛しつつ、あとはケチャップを添えて、待ちかねている操の元へ。 「………」 と、そこで少し思い付き、一騎は普段しないことをそれに施す。時間はさほどかからない。そしてカレー同様、ミニサラダを添えてテーブルへと運んだ。 「お待たせ、来主」 「きたー! お腹すいたよー!」 既に手にスプーンを持って待ちかねていた操に、一騎は笑う。だがふと、総士は先に出てきたにも関わらず、まだカレーに手を付けていないことにも気付く。何も言わないが、そういうところの優しさにまた少し笑って、オムライスを乗せた皿を差し出した。 するとそれを見た瞬間、ぱあ、と操の顔が輝いた。 「うわー、うわー! 何、これ? 俺の名前?」 「命名『一騎オムライススペシャル』、なんてな。いつもはやってないから、特別だぞ」 「やった! 俺のスペシャル!」 「………」 黄色い卵の上にケチャップで書かれた「みさお」の文字。子供の頃はよくやったそれも、いつの間にかやらなくなっていた。ただ、操の子供っぽいところを見ていたら何となく思い出してやってみたら、案の定、とても喜んでくれたらしい。 「えへへ、何だか食べるのがもったいないなー」 ケチャップで書かれた文字を壊してしまうのが惜しいのか、スプーンを握って、文字のないところからどうやって崩していこうか思案している操に、一騎は苦笑する。 「またいつでも作ってやるから」 「じゃあスペシャルは俺専用?」 「まあ、そうなるか? 他の客にはやってないし」 「………」 もちろん総士にもやったことはない。そもそも総士はそういうのは喜ばなさそうだ。操が喜ぶと何となくわかっていたからやってみて、この予想通りの反応である。 「じゃあまたオムライス食べるときはやってね、一騎」 「ああ。わかった」 「んじゃ、いっただっきまーす!」 さて、ようやく食べ始めてくれた。二人が片付かないとランチの片付けもできない。終わったら最近溝口が始めた夜のダイニングバー(とは名ばかりの居酒屋)のつまみの支度と、明日の昼のランチの仕込みをして―――…。 「……あ、そうだ。ランチ用のプリンが余ってるから来主食べるか?」 うまそうに口の周りをケチャップだらけにしながら食べる操を見て、ふと思い出した。 「一騎プリン? 食べる!」 より一層目をキラキラと輝かせて、しゅたっと操は手を挙げる。一騎が気をつけなければカレー一辺倒になりがちな総士とは違い、何でも食べたがる操は実に食べさせがいがあるので、色々手をかけてやりたくなる。 それじゃあケーキの余りの生クリームといちごを使ってプリンアラモードにしてやろうかと、それ食べて待ってろよ、と再びカウンターの奥に引っ込もうとした時だ。 「………」 「?」 ふと気付く、総士の物言いたげな視線。 「何だよ?」 「いや、別に」 「?」 首を傾げると、つい、と反らされる視線。何かあるのは明白だが、はぐらかすつもりだ。再びもくもくと無言でカレーを食べ始める総士に、しかし意外な伏兵の攻撃が。 「あ、総士。もしかして今、俺に嫉妬した?」 「!」 「え? 嫉妬?」 『来主操』という存在が宇宙からやってきた『人の心を読むフェストゥム』という存在であることは、実はかなりの頻度で忘れがちだ。 それを思い出したところで総士を見やると、ぴたり、とカレーを口に運ぶ手が止まっている。だがすぐにごほん、と咳払いを一つして、 「―――来主、ここで生活するに当たって、軽々しく人の心を読むなと言ってあっただろう」 「え〜、だって、総士変な顔だもん」 変な顔、と言われてその顔を見るが、普通だ。自分と同様総士も割と表情は乏しく、あまり感情を表には出さない。顔に出し過ぎる操を見慣れてくると、尚更それが目立った。 大体、そもそも。 「嫉妬? 何が嫉妬なんだ?」 「何でもない。一騎、来主の言うことは気にするな」 「総士もプリンが食べたかったのか?」 「違う。そうじゃない」 「じゃあ何なんだ?」 「………」 「?」 黙られた。 もうたぶんそれ以上は何も話さないだろう。操もいつのまにか何事もなかったようにうまそうにオムライスを食べ始めている。気にするなと言われたが、気になる。けれどもこれ以上どう聞き出す手段もなくて、仕方なくカウンターの向こうに引っ込むことにした。 するとそこへ、 「一騎」 「なんだ?」 さっきとは違い呼び止める声に、ぴたりと足は止まる。何でもないと言っておきながらまた呼びとめたのだ。 一体何を言うのかと不思議に思っていると、総士はカレーを口に運ぶ手を一旦止めて、 「――-今夜はハンバーグが食べたい」 こちらのことをちらりとも見ずにそう言う。 昼飯を食べている最中に夕飯の話、なんて。しかし一騎の頭の中では、その次の瞬間にはぱぱぱっと冷蔵庫の中の今あるハンバーグの材料が浮かび上がった。 ハンバーグ――-玉ねぎ、パン粉に卵はあるから……うん、よし。ひき肉だけ帰りに買ってこれば十分だ、と結論付けて。 「わかった。じゃあ今夜はハンバーグな」 「ああ。頼む」 「一騎ハンバーグ! 俺も食べたい!」 総士から晩飯のリクエストなんて実に珍しい。いつもだったら『一騎の作る物なら何でもいい』というのが常であるのに。けれどもまあ、そういう気分の時もあるのだろう。それに、リクエストしてもらった方が一騎も献立てに頭を悩ませなくていいので助かる。 ただ何となく、変わらずカレーを食べる総士がさっきより機嫌良さそうな気がして、一騎は不思議に小首を傾げるのだった。
副題のとんびは『とんびに油揚げをさらわれる』の意です。もちろん操が鳶(空飛べるし)。総士、うかうかしてられません。というか赤ちゃんに奥さん取られた旦那のような気も。
[2011年 2月 26日]