即興で二日くらいで書いたので内容があれですみませんが、ハッピーバレンタイン!あまずっぱい!
[2011年 2月 14日]
「はい、一騎カレーのケーキセットお待たせ」 そう言って目の前に置かれたトレイには、見慣れたお馴染みの一騎特製一騎カレーと、そして。 「遠見」 「何?」 「僕はケーキセットで頼んでいないぞ。注文違いか、或いは別の客と間違っていないか」 総士が頼むのは決まって、ドリンクセットの方だ。ここで食後のコーヒーを飲んで、それから午後の予定に向かうのが総士の定番だった。 振り返った真矢に視線でトレイを指して言えば、ああ、と彼女は頷いて。 「今日は特別サービスデーなんだよ。皆城君、外の看板見なかったの?」 「特別サービスデー?」 頼むものは大抵決まっており、日替わりランチのメニューには滅多に目を通さない。それがあだになったようだ。 「その様子じゃあ、今日が何の日だかも忘れてるみたいだね」 「?」 「皆城君、昔は結構たくさん貰ってなかったっけ?」 首を傾げる総士に、真矢はくすりと笑う。そしてちらりと壁にかけられたカレンダーを見て、それから総士の皿の上のケーキ―――焦げ茶色こっくりと甘そうなチョコレートケーキを見た。 チョコレートケーキ…チョコレート…チョコ…今日は特別サービスデー。 「あ」 「思い出した?」 言葉が連想ゲームのように繋がって、一つの解を導き出す。真矢がカレンダーを見た理由もすぐにわかった。 「今日はバレンタインデーか」 「そうだよ。バレンタインってね、女の子が男の子にチョコを渡すだけじゃなくって、性別関係なく感謝を示して渡すのもありなんだって。だから今日は喫茶楽園から、お客様に日頃の感謝を込めてささやかながらチョコレートケーキをおまけに、てね」 だから遠慮なく食べていいんだよ、と真矢は言う。 なるほど、すっかり失念していた。仕事柄時間や曜日には気を付けていても、日々に示された祝日や記念日まではなかなか気を配っていられない。真矢が言う通り、島がまだ平和だった頃、子供のほぼ大半が世界の真実も知らずに当たり前のように暮らしていた頃、総士の周りでも半ばお祭りのように毎年騒がれていた。 (そう言えば剣司が言い出しっぺで、チョコレート獲得数ランキングなんてのもあったな…) 結果は―――まあ、過去のことだ。意外と一騎がもらっていたことに驚きと、そうだろうなという納得、そして微妙な胸のもやもやを抱えていたことは示しておこう。剣司の名誉の為に。 「そういうことなら有り難くいただこう」 甘いものはそんなに得意ではないが、こういうものは受け取って然るべきだと総士は考えている。こういうことに興じられるということで島が今、再び平穏の中にあると感じられる理由になるからだ。いつまた争いに巻き込まれるかもわからない竜宮島にとって、こういった娯楽事はとても大切だった。 「あ、ちなみにそのガトー・ショコラ、一騎君作だから味わって食べてね」 「………」 言い忘れてた、とでもいうように付け加えられた。それっきり、真矢も他の客の注文を取りに行ってしまう。 そうか。これはチョコレートケーキ、じゃなくてガトー・ショコラ、と言うのか。いや、今納得するのはそこじゃない。 ―――考えてみれば当たり前だ。普段のランチのケーキやらプリンやらも一騎が作っているのだ。バレンタイン=女性が男性にチョコレートを贈る日という先入観から、普段の総士ならありえない勘違いをしていた。そもそも真矢は全然…いや、あまり料理が得意ではない。でなければこの楽園の厨房管理を一騎が一任されている理由にはならないだろう。 つまりこのチョコレートケーキ…否ガトー・ショコラは、一騎が作ったバレンタインデーのチョコレート、ということになるのだ。 「………」 総士はカウンターの向こうに立ち、黙々と注文の品を作り上げていく一騎を見た。 入ってきた時に視線が交わったが、それ以降は店が混み初めて会話どころか視線も交わらない。いや、それは別にいい。一騎のアルバイトを邪魔しにきている訳ではなく、総士は純粋に客としてここ居るのだから。 (そう言えば一騎にチョコをもらったことはなかったな…いやいやいや、待て。まず一騎が僕にあげるというシチュエーション自体が間違っているだろ) その姿を眺めながらカレーを食べ始め、ふと思ったことを即座に自身で否定した。 自分たちの知識では、バレンタインというものは『意中の男子に女子が手作りチョコレートを渡す』という日だ。もしくは同情を込めて市販品を渡す場合もあり、しかしそれすらも得られないとしばらく立ち直れないというなかなか残酷な日でもある。 理由はどうあれ、女子が男子に、というのがポイントだ。 一騎は男だ。そして自分も男だ。 いや、性別は別に関係ない。好きかと言われれば好きだと答えるし、愛しているのかと問われれば愛していると答えるだろう。けれども自分が一騎に寄せる想いは、それ以上、それでは測れないというのが正しい。 キスもするし、それ以上の関係も持っている。名を呼べば名を呼び返され、視線を感じればこちらも視線を合わせる。 だがそれだからと言って、自分たちの関係をただ『恋人』という枠に収められてしまうのには少々納得しかねるのだ。非常に難しい問題だが。 だが敢えてそこは、恋人だとしよう。納得はしないが、間違っているとは言っていない。 そういうわけで、仮に恋人だとして、だったら総士は一騎からチョコレートをもらう権利があるのではないか?、と考えてしまった訳だ。 (いや……よく考えてみれば、一騎と想いを通じ合わせるようになってこれまで、僕たちはバレンタインというのを一緒に過ごしたことがない) 総士は気が付く。 そうだ。自分は二年もの間この島を留守にしていた。その間に二回もバレンタインは過ぎている。貴重なバレンタインが二回も。その前は五年近く疎遠になってしまっていた。その後は島が戦時下に入ってしまい、それどころではなかった。 そして二年が経って―――…。 (そして今年、か…) 総士はいつの間にか平らげてしまったカレーのスプーンを置き、水を何口か含んで口の中をできる限りフラットの状態へと持っていく。これから食べるケーキの為に、出来得る限りの準備を施す。 だってそう、これが初めての一騎からのバレンタインのチョコレート。 例え今、ここにいるほぼすべての客が同じ境遇にあるとしても関係ない。総士にとっては初めて、なのである。何だか意味もなく厳かな気分になってくるから不思議だ。 「………」 ちらりと一騎の方を見るが、相変わらず忙しそうで総士の方は気にもしていない。それでもいい。こちらが勝手に盛り上がっているだけなのだから、できれば知らないままでいてほしい。 総士は意を決してデザート用の細いフォークを手にすると、ホイップクリームの添えられた焦げ茶色の頂きに対しフォークを横向きに差し込む。少しだけ力を込めるとしっとりと濡れて柔らかい感触が指先に伝わり、すっとフォークが食い込む。そして程なくしてかちん、と皿に金属がぶつかる小さな音がした。 (考えてみれば一騎からでなくてもいいじゃないか。帰りに西尾商店にでも寄って……) このケーキだって、店から客への感謝と言っていた。バレンタインというものが別に女性が男性に、と限ったものではないのだという知識を、早速生かすチャンスではないか。 そんなことを考えながら、総士はフォークに刺したガトー・ショコラを口に運ぶ。特別サービスということはつまるところ無料であるそのケーキは、一人分は恐らく二口分くらいしかない小さな立方体だ。それをいじ汚く見えない程度に、しかしぎりぎり味わえる四つほどに分けて、総士は大切に大切に食べることにしたのだった。 「――-一騎」 「総士?」 呼ばれて、声のした方を振り返る。一騎はアルバイトが終わって楽園を出るところだった。そこへ、まるで測ったようなタイミングでかかる声は、同じくアルヴィス帰りであるだろう総士のものだ。 「お帰り。終わったのか?」 「そっちもか」 「ああ。ちょうど帰るとこ」 声のした方を見れば、総士がこちらに歩いてくるところだった。服は既に普段着で、手に、何か袋を下げている。 「一緒に帰るか」 「その前に少し…いいか?」 「?」 これから帰って夕食の支度をして、と一騎には楽園のアルバイトが終わってもまだやることがある。最近は時間が合えば、総士も少しだけ手伝ってくれるようになった(ただしいんげんの筋取りや、沸かした鍋が噴き零れしないように見張る番…レベルだが)。今日は冷蔵庫のありものを使うつもりなので特に帰りに買い物に寄る必要もない。なので夕飯の支度にはまだ若干の時間の余裕があった。 しかも総士がそうやってわざわざ了解を得てくるということは、何か重要なことなのだろうと一騎は考える。それだったら少しくらい時間がおすのにも何ら問題はない。一騎にとってみれば夕食の支度よりも、総士の用事の方が大切だ。 「移動しよう」 「わかった」 先行する総士の後を、一騎は何の疑問を持たずついていく。 そうして向かった先は海縁の公園だった。夕飯時のこの時間帯では、遊ぶ子供の姿はなく波の音だけが耳につく。一騎は総士に連れられ、公園内のベンチの一つに腰を下ろした。その隣に総士も腰を下ろす。 「時間を取らせて悪いな。その……一騎に渡したいものがあるんだ」 「俺に渡したいもの?」 「ああ」 頷いて、総士がさっきから手にしていた袋を前に出して来た。その袋は一騎も見覚えがある。西尾商店で駄菓子などを買った時に入れてくれる紙袋だ。 (総士が菓子を買ってきた?) 珍しいことがあるもんだ、と思ってしまう。いや、それを何故今ここで取り出そうとしているのか。夕飯の前だぞ、と首を傾げた時、 「流石に当日ともなると、もう目ぼしいものが残っていなくてな。何の面白味もないもので悪いんだが……」 何やら申し訳なさそうにしながら、がさ、と総士が紙袋の中からそれを取り出した。 ―――それは、一騎が昨日嫌っという程目にして、手にして、そして包丁でこれでもかっていうほど刻んでガトー・ショコラに仕上げたメインの材料だった。 「板チョコ……あ」 それはただの板チョコだ。しかしそれを見て、一騎は総士の意図に気付く。 「バレンタイン」 「そういうことになる」 総士は苦笑して、それをずいっと一騎の方へと差し出す。受け取れ、ということらしい。 バレンタインにチョコを渡すという行為の意味が、すぐさま一騎の頭の中に浮かんだ。 「お前からは昼間にケーキをもらったからな。これが僕からのバレンタインチョコだ……って一騎、何故そんな顔をしている」 「え?」 怪訝そうな顔をされ、一騎ははっとした。気が付けば顔が熱かった。耳までじんじんしている気がするのは、きっと耳まで赤いからなのだろう。時刻は夕方。日の入りで辺りは夕焼け色に染まっているが、それと同じだと誤魔化せる以上に赤い自信がある。手なんか熱くて、せっかくもらった板チョコが握り締めていたら溶けてしまうのではないだろうかと心配した。 「だ、だって、総士が俺にバレンタインチョコ、だなんて」 「昼間お前だってチョコを振る舞っていただろう」 「あれは食べに来てくれる皆に感謝の気持ちだからこういうのとは…ってことは、俺の他にも誰かにチョコあげたのか?」 「いや、お前一人だが?」 「だったら―――…あ、ちょ、ちょっと待って」 一騎ははっとして、慌てて自分の鞄を探った。本当は、夜まで渡さないでいようとしたものがある。 「はい、これ」 「何だ、これは?」 「開けてみて」 鞄から取り出したのは小さな、手の平に乗る程の箱だ。ちょうどいい大きさの箱を探し出すだけ精一杯で、あとは店のケーキの準備が忙しく、綺麗にその箱をラッピングなんてしている暇すらなかった。いや、ラッピングしていたら逆に、渡すのが気恥ずかしくて大変だったと思う。 もっとも総士の所為で、これでも十分恥ずかしいが。 「――-これは」 「生チョコ。ああ、でも大したものじゃなくて、今日店で出したケーキの材料のあまった分で簡単に作れるんだけど、同じじゃあれだし、と思って」 生チョコレートの作り方は簡単だ。余った板チョコを溶かして、同じく余った生クリームを混ぜただけだ。それを固めて、ココアパウダーを塗したものがそれである。総士は今日昼を食べに来ていた。その時ガトー・ショコラを食べているのを一騎も見ているからやはり作ってよかったとカウンターの向こうから思ったものだ。 すると箱の中身をじっと見つめる総士が、 「これは、その、他の皆には?」 何故だか恐る恐る聞いてくるので、一騎はまた少し顔が熱くなるのを感じた。何でだろう。隣に座る総士の顔も赤いような気がする。気がする、のは夕焼けがだんだん濃くなって、色だけの判断がつかないからだ。触って熱かったらよくわかるのだろうが、今はそんな余裕がない。 「ざ、材料そんなにあまらなかったから、総士の分だけだ。他の誰にもあげてない」 と、正直に告げる。今更隠す必要はない。 「そうか」 「そうだよ」 「食べてもいいか」 「いいよ。あ、俺も食べていい?」 「ああ」 お互いもらったものを食べるのに何故許可がいるんだろう。しかしそんなことのおかしさにまで頭は回らず、二人はがさがさとお互いのチョコレートを食べることにした。 一騎は総士にもらった板チョコを紙の包装から抜き出すと、回りを覆う銀紙をぺりぺりと一列分だけ剥がす。やっぱり何てことはない。何の変哲もない普通の板チョコだ。けれどもそれが今日という日、総士にもらうということで何の変哲もない普通の板チョコが普通ではなくなるのだから不思議だ。 軽く力を込めるとぱきっとひとかけ半が割れる。それを口に運ぶときにちらりと総士を見れば、総士もまた、一騎の作った生チョコを口に入れる瞬間だった。 「――-ん、うまい」 甘く、少しほろ苦い。昨日ケーキの準備をしている最中は、『これでもう当分チョコレートは食べたくないな』と思っていたのが、まるで嘘のようだ。 「当たり前だ。店で買ったものだからな」 「俺のは?」 「――-うまいに決まってる」 「よかった」 だがふと気になって尋ねてみた。 「なあ、この場合のチョコレートってさ、どっちの意味なんだ?」 昔から知っている従来からの意味と、ここ数日で知ったもう一つの意味。総士がチョコレートをくれると言った時は前者の想像ばかりが先走って、思わずそれが顔に出た。 けれども考えてみれば、自分が総士にチョコレートを作って贈ろうと考えたのは、どちらの意味だったのか、と。渡してしまってからそれを考えるのは変な話だが。 すると総士は少し考えて、しかりきっぱりとこう言い放つ。 「そんなの、どっちでも同じだろ」 「そうだな」 その答えに、一騎も同意した。
即興で二日くらいで書いたので内容があれですみませんが、ハッピーバレンタイン!あまずっぱい!
[2011年 2月 14日]