自分でも、意図して触るなんて用を足す時以外ほとんどないそこに、他人の―――総士の手が触れてる。恥ずかしさとか、情けなさとか、色んな感情が溢れて、けれどもやがて全部はもっと大きな波にさらわれて、結局何もわからなくなった。

「ふ…っ、ん、く…!」
 口を塞いでいなければ、そこはまるで刺激を与えられれば鳴る楽器にでもなってしまったようで、喉を突いて出る声を抑えられない。それでも引き結んだ口や鼻から漏れる息は完全に押さえられず、静寂の中に自分の吐息ばかりが響いている。
 しかもそうやって唯一の吐き出し口を塞いでいる為か、体の内側から溢れる熱は出口を求めて更に暴れ回り、一騎を苛む。
「一騎、声を抑えるな」
 余計辛いだけだぞ、と耳元で若干熱を帯びた総士の声。しかし一騎は口を押さえたまま、ぶんぶん、と頭を左右に振る。
 そんなことをしたら―――そんなことをしたら何もわからなくなる。この状況も、触れているのが総士だということすらもわからなくなってしまう。それほどまで、一騎の中で暴れるそれは狂暴だった。
「ふ、うー…っ、ん、んー!」
 しかし耳元でため息をついた総士の手の動きが、不意に一騎を更なる翻弄に巻き込む。まるで強情な一騎の最後の砦を崩してしまおうとするかのように、握る手に若干の力を増し、上下させる動きを早めたのだ。
「一騎」
「ふ、うう…っ!」
 ぶんぶん、と一騎は頭を振った。総士がいいと言っても絶対嫌だ。
 けれどもそろそろ口を押さえているのも限界だった。腰にはい上がってくるそれに追い立てられ、何かに縋り付きたい衝動に駆られる。何か、と言えば目の前にいる相手しかないのだが。
「そ、…しっ」
 内股がぴくぴくと震えて、宙に浮いたつま先がきゅっと縮こまる。その瞬間、一騎は総士の首にしがみつき、制服を着たままの彼の肩に顔を押し付けた。
「―――っ!!」
 先端を手の平で包まれた時、一騎は身の内で暴れ回っていた熱を吐き出していた。出す瞬間はぱっと高い場所から突き飛ばされた感覚に似ている。
 その次に襲ってくる射精特有の怠さにしばらく総士の肩から顔が上げられなかった。その間ずっと総士は汚れていない方の手で、一騎の背中やら頭を撫でてくれる。気持ちがいい。余韻に震える体が徐々に落ち着きを取り戻していく。
 いつもそうだ。戦闘後の高揚感に戸惑う一騎に、総士は当たり前のことだと蔑まずに治め方を教えてくれた。
 それどころか、自らその手を汚して、こうして一騎の相手をしてくれている。
「大丈夫か」
 いつまでも顔を上げない一騎に、総士が声をかける。
「うん…ごめん」
 重いよな、と一騎は椅子に座る総士の上から慌てて降りた。それから半脱ぎのズボンと下着を引き上げ、ベルトを締める。すると総士が一騎の放ったもので汚れた手を洗い流す様が、鏡越しの背後に見えた。
 ここは自分たち二人以外誰もいない更衣室。ついさっきまで、剣司たち他のパイロットもいたそこで、こんな行為に及んでいたのだ。
 敵を倒せば倒すほど自分の中で膨れ上がる衝動は、ジークフリード・システムを介してファフナーのパイロットにクロッシングする総士にまで伝わってしまう。
 自分たちの島を壊そうとするフェストゥムへの暴力的な破壊衝動と、それを壊すことで得る快感、そして生命が脅かされる為に沸き上がる生理的な衝動。それらすべてを、総士は蔑むどころか、こうして一騎だけではままならない『処理』に手を汚してくれた。
「一騎、落ち着いたら遠見先生のところに行って、戦闘後のメディカルチェックを受けるんだ」
「あ、ああ。わかってる…総士は?」
 まるでついさっきまでの熱を感じさせず、いつものように命令口調で総士が言う。いつもの総士だ。最中、一騎を呼んだ熱を帯びた声は、熱に浮かされた自身が作り出した幻聴だったように。
「僕はまだやることがある」
「そっか…わかった。俺もう行くよ」
 本当は総士の手を汚すのが嫌だった。
 けれども、触れてもらえるのが嬉しかった。
 まだ触れてくれるという事実が、総士と自分がまだ離れていないと安堵に結び付く。例えそれが、パイロットのメンタルケアの為だと言われようとも。
「待て」
「総士?」
 スカーフは結ばずに手に持って出ようとすれば、引き止められた。何事かと思えばスカーフを奪われ、きちんと首周りに締められてしまう。
「アルヴィスの中ではきちんとした格好でいろ、と何度も言っているだろう」
「…っ…ご、ごめん」
 指先が首筋に触れると、さっきまでの余韻か、ぴくりと過剰に震えて反応してしまうのは致し方ない。しかしその時、
(あれ……?)
 触れた総士の指も熱かったような気がしたのもまた、一騎の気のせいだったのだろうか。
「これでいい」
「あ、ありがと」
 しかし一騎とは違い、総士は余韻も何も残さない。いつのままだ。きっと最中もいつものままだったに違いない。最中に自分を呼ぶ熱を帯びた声も、その指先も、全部、そうであったらいいと思う自分の熱に浮かされた幻覚だ。
「それでは、明日」
「ああ」
 そう自分に言い聞かせるのに、触れられた首筋が疼く。
 それだけは幻覚ではない、現実だった。


戦いの後に滾るのはわりとよくあるネタです(既に何番煎じ、的な)。これは脱島前編。

[2011年 2月 9日]