元を辿れば、一騎にそんな癖がついてしまったのは自分のせいだとはわかっている。ザインにニヒトを封印していたこと、そして二年間の日常的なクロッシング…それが原因で、治療で治る筈だった一騎の目を二年間奪ってしまった。
 その所為でついた一騎の癖だというのに、それを嬉しいと思ってしまうのは、この二年たってもけして収まることのなかった醜い独占欲の為だろうか。

 総士が風呂から上がってくると、工房の方から一騎の声がした。一騎の父親が帰ってきたのかと思えば、しかし聞こえてくる声は一騎のものだけで。
「―――うん、わかった。……ていうか、そういうのは早く言ってくれよ。飯、父さんの分も作っちゃっただろ……もう、いいよ。明日の弁当に入れるから。うん…うん、わかった。じゃ、おやすみ」
 アナログなチン、と電話を切る音がして、一騎の仕方ないなあ的な諦めのため息が聞こえた。
「一騎、おじさんからか?」
 地下ではないので、意識して『真壁司令』、とは言わないようにしている。
 すると一騎はああ、と頷いて、
「日付跨ぎそうだから、今日はそのままアルヴィスに泊まってくるってさ」
「そうか。忙しそうだな」
 司令部の仕事はある程度総士も把握している。確か今日は竜宮島の移動計画と、停泊ポイントを決める重要な会議があった筈だ。
 周囲のフェストゥムの群れの情報は、既に総士によってもたらされている。それらと人類軍を避け、より安全なポイントの絞り込みを……。
「あ、総士には『気を利かせて来なくていい』って言っておけ、だって」
「………」
 自分が行った方が手っ取り早いか、と考えたところを、先手を打たれてしまった。一騎同様寡黙な父親だが、さすがアルヴィスの司令を勤めるだけあって人の性質をよく見ている。
 出鼻をくじかれ、総士は苦笑した。ということは、今夜は一騎と二人きりか。降って湧いたチャンス、というわけでもないが。
「せっかくだからおじさんの好意に甘えて、一騎と二人きりの時間を堪能するか?」
「!」
 にこ、と笑って不意をついて一騎の体をぐいっと抱き寄せる。
 相変わらず細い腰だ。二年前の記憶よりやや成長して手足も伸びたが、目が悪いせいであまり運動はしていないのか、元々細いイメージに華奢な印象をプラスした感がある。
 この体で島を守り抜いてくれたのだ。自分との約束を果たすために。
「ば、馬鹿、父さんにそんなつもりあるワケない、だろ」
「だろうな」
 しかしいつかは言わなければならないと思っている。たった一人の息子を、親友の息子に取られる心境、というのは残念ながら総士でも想像がつかない。けれども避けては通れない道だと心に置いて、今はこの降って湧いたチャンスを逃さないようにしなくては。
 より引き寄せようとすれば、顔を真っ赤にした一騎は、照れのためかどうにか逃げ出そうと腕を突っぱねてくる。それなのに手だけはぎゅうっとしわが残りそうな程シャツを掴んでいるから、あまのじゃくだな、と口には出さずに総士は笑った。
「一騎」
「……っ俺、まだ風呂入ってない」
「どうせ汚れるから後でいい」
「総士は入ったのに!」
「そのつもりがなかったからだ。けれども状況が変わった。指揮官たる者、刻一刻と変わる戦況に柔軟に対応していかなくてはならない」
「言ってることがめちゃくちゃだ!」
「………一騎」
 もういい加減観念しろと目で訴えると、うぐ、と息を飲み込んで一騎が押し黙る。やがてか細い吐息が唇から漏れ、脱力した一騎がへなへなと胸に倒れ込んできた。
「…居間じゃ嫌だからな…」
「心得てるさ」
 腰から背中へと腕を移動させ、ぴたりと体が寄り添うように抱き締める。温かい。人の体温とはこんなにも心を穏やかにさせるのか。もちろんそれは『一騎だから』という大前提ではあるけれど。
 キスをするために顔を上げさせ、軽く啄ばみ、深く口蓋を塞ぐ。あれほど照れて逃げを打っていたのに、素直に総士の求めに応じる一騎が可愛く、そして愛おしかった。


 触れると混ざる体温は、二年間触れたくても触れられなかったもの。
 意識は共有し、心さえも感じ取れた。心が触れ合うことで、愛しいと思う温かさを感じた。けれども体はそこにはない。想いで心を抱き締めることはできても、崩れ落ちる体を支えてやることはできない。
 けれども今は手を伸ばせば触れられる。確かめようと伸ばされた手を、握り返すこともできるのだ。
「う、あ…っ、そ、し…!」
 甘い悲鳴と共に名を呼ばれる心地好さに、総士はうっとりと笑みを浮かべる。薄く日に焼けた肌は、それでも闇夜に月明かりに紛れて白く真下に浮かび上がり、それがだんだんと赤く染まる様にも目を奪われる。
「一騎」
 体に埋めていた指を引き抜き、俯せにした腰を抱え上げ、覆い被さる。そしてもう既に硬く起立している自身を、先程まで指を埋めていた部分に押し当て、体を深く繋げようとした。
「やだ、そぉ、し…っ」
「一騎?」
 しかし突如として、いやいや、とシーツに顔を埋めた一騎が緩慢な動作で頭を振る。それまで懸命な程に総士の与える愛撫を受け止めていたというのに。
「一騎、どうしたんだ?」
「それ…後ろからは嫌だ…」
「しかし一番負担が少ない」
 だがふるふると一騎は首を振る。
 仕方ないと、総士は体を起こし、一騎をごろんと反転させた。そうして仰向けにさせると、熱と涙に潤んだ一騎と視線が絡む。
「一騎?」
 真下から、腕が伸ばされた。それは総士の首にしがみつくように背中に回され、背後で髪に指を絡めた。そして、
「…ん、いい、よ…」
 ぎゅうっと引き寄せ、総士の肩口に額を埋めた一騎が、酷く安心したような声で呟く。たったそんなことで、総士の中が一騎を愛しいと思う気持ちで溢れた。
「いくぞ、一騎」
 その気持ちは熱になって総士を突き動かす。膝の裏を抱え足を持ち上げると、その中心に猛った自身を押し埋めた。


「…一騎、大丈夫か?」
「…んー…」
 ぐったりとした一騎を引っ張ってもう一度風呂に入り、どうにか部屋まで戻ってきた。今もこうして布団を敷いて待っている間にも寝そうになっている様子を見ると、たっぷり堪能できたものだとひっそりと笑ってしまう。
「ほら、こっち」
「もう無理、歩けない…」
「仕方ない奴だな」
「誰のせいだと…」
「僕のせいだな。一騎が可愛いせいでもあるけど」
「………」
 何も言わなくなった。そろそろ限界か。
 総士は苦笑して戸口に座り込んでいる一騎の傍に行くと、子供を抱っこするように持ち上げ、布団の上にと運ぶ。一騎は既に寝ているのか、もうすっかり総士にされるままだ。
 これはそう、確かに自分のせいだ。けれども一騎が可愛いことをしてくれたせいでもある。申し訳ない気持ちもあるが、それ以上に愛おしい気持ちが強い。
 総士は布団の上に一騎を横たえると、顔にかかる髪を梳いてやり、ついでとばかりに額に唇を落とした。しかし一騎は小さく、ん、とうめくだけで、もう目を開けることはない。どうやら一足先に夢の中に落ちてしまったようだ。
「おやすみ一騎」
 今度は薄く開いた唇にキスを落とし、総士は自分に宛がわれた部屋に行こうとする。アルヴィスから持ち帰った仕事が残っており、まだ眠るわけにはいかなかった。
 しかしそこへ―――…。
「ん〜……」
「?」
 呻くような低い声と、ぱたん、ぱたん、と何か叩く音。
 総士は気付いて足元を見た。すると、眠っている筈の一騎の手が、ぱたん、ぱたん、と何かを確かめるように布団を叩いている。いつの間に寝返りを打ったのか、体はうつ伏せで、右手だけがぱたん、ぱたんと彷徨うように場所を変えつつ布団を叩く。
 一騎は眠っている筈である。けれども手だけが意思を持ち、動いて、探している。
 探している―――総士を。
「………」
 総士は一度浮かせた腰を、再び一騎の隣に据えた。
 そしてその動く手が布団についた時を見計らい、上から包むように手の平を重ねた。すると一度は持ち上がろうとした手が、上からの重みに動きをぴたりと止める。そうして顔を覗き込めば、何とも満足げな顔をしているから思わず苦笑が漏れた。
「僕はここにいる、一騎」
「…ん……そぉ、し……」
 寝言で名前を呼ばれ、もうここを離れる理由を失ってしまった。
 さて、仕事もできないし、気が付けばこちらが掴んだ筈の手も逆に掴まれてしまっており、離すには一旦一騎を起こさなければならないだろう。しかしせっかく幸せそうに眠っているのに、それはしのびない。それに、この顔をもう少し眺めていたい気持ちもある。
 総士は一騎の入る布団の隅を捲り、その隣に体を滑り込ませる。離してもらえない手はそのままで体を横にすれば、うつ伏せの体勢で枕に頬をつく一騎の顔がよく見えた。だからもう一度、ついっと顔を近付けてまじまじと間近でその顔を眺める。
 まだ目は閉じない。
(僕はここにいる。帰ってきた…お前のいる場所に)
 触れることで確かめる一騎と同じく、触れられることで確かめる自分を認識する。ここに自分はいる。一騎の傍に。共に歩むと決めた人の隣に。
「おやすみ、一騎」
 額をこつりと合わせて、キスをした。たがそれ以上はもう何もせず、眠たくなるまでその顔を眺めていようと決める。朝、目を覚まして隣に眠る自分を見つけ、きっとうろたえるだろう彼にどう説明してやろうかと考えながら。


上の続きです。親と同居だと色々気を使って大変だよね!(殴)でもそこが狙いでもある。一騎にそうやって確かめられるのが総士は好きとか。でも一騎は無意識に色んなものを触って確かめるから、総士はやきもきすると思います。そんな話もそのうち。ところでこれはエロですか?

[2011年 1月 22日]