「総士、こんなところにいた」
 それまで青い空しか映っていなかった総士の視界に、ひょっこりと一騎が紛れ込んだ。
「姿が見えないと思ったら、ここにいたのか」
「探したのか?」
「? いや? 何となくここかな、って」
 ここ―――とは、学校の屋上だ。
 誰もいないそこで寝転んで、総士は空を眺めていた。竜宮島は今日も快晴だ。擬装鏡面越しに映る東西南北が正反対の空は、それでも澄み切って高い。
「何してたんだ?」
 隣に腰を下ろした一騎が、総士を見下ろしながら問う。そんな一騎の顔と青い空を同時に視界に収めながら、総士はごく当たり前、見たままの答えを返す。
「空を見ていた」
「ふぅん」
 一騎の反応もあっさりとしたものだった。それ以上言いようがない。そしてそれに一騎も納得したようだ。
「ここだと空しか見えないんだ」
「ほんとだ」
 学校の回りにある校庭などの適度なスペースが、視界からそれ以外を遠ざける。狭い島の斜面に家が建ち並ぶ竜宮島にとって、なかなか珍しい場所かもしれない。
「俺、戻ろうか?」
 すると遠慮したのか、一騎がそんなことを言い出した。確かに、一騎がそこにいると視界には青い空以外のものが映る。だがそれは、別にそこにあってけして不快ではないものだ。
「いや、構わない」
「そうか」
 青い空と共に視界に入る一騎の顔が、嬉しそうに綻ぶ。その顔を見ていると、胸の中にじわりと熱が広がるのを感じた。ずっと、傍にいても触れられなかったものがすぐ手の触れられる場所にある。
「―――綺麗だな」
「え? ……ああ、空、綺麗だな」
「………」
 腹の上で組んでいた手を持ち上げようとして、やめる。どうやら通じなかったらしい。まあ、間違ってもいないのだが。
 するとふと、一騎が何か思い出したかのように笑った。
「なんだ?」
「いや、空が綺麗だなんて言うから、あいつのこと思い出したんだ」
「…ああ」
 言われ、総士もすぐにそれを思い出した。
「来主、どうしてるかな」
「新たに誕生したミールと共に、来るべき日を待ちわびているだろうな」
 そしてまた竜宮島を探し出し、彼はやってくる。その時がきっと島にとって、人類にとって、歴史の転換地点となるのだろう。
「俺、まだ来主にお礼を言ってないからさ」
 ある程度の覚悟をしている総士に反し、一騎は妙に呑気なことを言い出す。
「お礼?」
 問うと、ああ、と一騎は頷いた。
「目のことと、後、総士のこと」
 言いながら、ちょん、と総士の髪の一束を引っ張る。人類の未来よりもそんなことのが重要なのかと思うが、確かにそれも重要だと思い直す。
「そうだな。僕もまだ礼を言ってない」
 総士の存在に来主が気付いていなかったら―――いや、彼がフェストゥムという全の中にいて個を保ち、『青い空が綺麗』だと思っていなかったら、総士は今ここにいなかっただろう。そして一騎の目もやがて光を完全に失い、何も映さなくなっていた筈だ。
「総士が青い空が綺麗だって思ってくれててよかった」
「来主が、ではなくてか? ―――ちょっと待て。それはどういう意味だ」
「だって来主ならきっと、青い空が綺麗だって気付いただろうからさ」
「まあ、確かに」
 釈然としなかったが、そういうことにしておいた。総士は今度こそ手を持ち上げ、髪に触れる一騎の指先をつまんだ。一騎に触れられるこの体を守り抜いてくれた彼に、どんな時も感謝は尽きない。
「島に来たらさ、まっさきにお礼言わなきゃな」
 その時は今日のように快晴だといいな、と空を見上げる一騎とその青空を視界に収め、総士はそうだな、と頷いた。


拍手第3弾。初のほのぼの家族…になる前。この頃は、あんなに大変になるとは想像もしていなかった(笑)

[2011年 4月 1日]