江戸末期から明治初頭にかけて活躍した内海船船主の屋敷=

    ☆ 公開日   ○毎土・日曜日と祝日(年末年始は除く)
              ○公開日以外でも、団体での入館は可能な場合があります。
               詳しくは、下記の観光案内所にお尋ねください。

    ☆ 開館時間 ○9:00〜16:00
              
    ☆ 入館料   ○有料 大人1人300円、中学生以下は無料
                20名以上の団体様は、大人1人270円

    ☆ 場 所 〒470-3321 愛知県知多郡南知多町大字内海字南側39
            (国道247沿いの案内板を参考に。)

    ☆ お願い 内田家は、町指定文化財です。ペットとの入館は、お断りをしております。
            小さなお子様は、必ず手をつないでご観覧ください。
            展示品、調度品、壁などには手を触れないでください。 
            邸内での飲食はできません。

    ☆ 内田家駐車場(無料)は、国道247沿いの案内板をご覧ください。
       マイクロバス以上は、「内海サービスセンター」駐車場をご利用ください。
      (内田家まで徒歩約10分です。)
       または、「東端駐車場」をご利用ください。
       東端駐車場は、夏季・ゴールデンウィーク以外は、基本的に無料となっています。

    ☆ 公共交通機関では、名鉄電車・内海駅からコミュニティバス「海っ子バス」利用
       「白砂の湯」前下車で徒歩約3分です。

    ☆その他 毎月、第1・第3日曜日には、希望によりボランティアガイドがご案内します。
            ガイド料金は、無料です。

    ☆ご注意!台風の接近や大雨洪水警報などが発令された場合には、
            開館しないことがあります。
    ☆「海っ子バス」については、南知多町のホームページでご確認ください。
  
南知多を詠んだ俳句を募っています!
  南知多を題材とした俳句ならOK、郵便でも受け付けます。秋冬の句は2月末日、春夏の句なら7月末日に締め切りで、優秀作品には、南知多の特産品をプレゼントします。
  内田家の入り口に設置されている投句箱「17音の小箱」か、下記のボランティア事務局にお送りください。募集要項と投句用紙は、こちらからダウンロードしてください。
  ☆詳細は、南知多町教育委員会社会教育課 電話0569-65-2880
   または、みなみちたボランティアガイド事務局(南知多町観光案内所内)
   〒470−3321 愛知県知多郡南知多町大字内海字先苅31−2
             10:00〜12:00・13:00〜16:00(休み:月曜日) 
             電話 0569−62-3100 FAX 0569−62−3520
邸内紹介
内田佐七家 主屋 内田佐七家 座敷
内田佐七家 主屋 座 敷
 
   不知波(いさば)船の模型が新規製作、展示されています。この船は初代佐七が、
  1818年に購入した1隻の中古の不知波(いさば)船(124石積み)から海運業をはじめた
  ものと同じ型と思われます。翌年には、280石積みの船に買い換えて経営を拡大してい
  ます。
   この模型は、南知多町郷土資料館所蔵の寛政12年(1800)の不知波船の板図を元に
  1/10スケールで復元されたものです。全長は約160cm。
   当時の船の板図が、現存するのは非常に珍しいとされています。
これまでの公開の様子は、こちらで紹介しています。
内田家の
見どころ
 現存する廻船主の家屋の中では大規模のものです。屋敷は江戸末期から明治初頭に整えられたとみられています。 屋敷構えは大型で廻船主の風格を備え、建物は、庄屋格の造りといえます。主屋(おもや)・座敷・いんきょ・複数の小屋(部屋)と蔵からなります。
いんきょ  主屋とは、別棟で建てられた、老夫婦のための建物です。2階建てで、2階には床の間のある座敷もあります。1階は、明治7年に「東端郵便取扱所」も開設されました。

主屋 にわ  主屋に設けられた土間を一般に「にわ」といいます。南北に両端に大戸があり通り抜けることができるとともに、かまどや井戸があり、炊事や仕事場として使われます。屋根を支える豪快な梁組みは、日本の伝統文化の特徴があらわれています。 にわ
神屋と 仏間  神屋と仏間が並んでいますが、この建物の特徴のひとつがこの神屋です。通常は小さな神棚で祀りますが、あえて広い神屋でお祀りしていました。廻船における海上安全など、信仰の深さがあらわれています。 仏間と神屋
座敷 茶の間  茶の間は、3畳3台目の広さです。台目とは1畳の4分の3の大きさのことで、古くは半畳より大きいという意味で「大目」という字があてられました。茶室の機能と広間の水屋の機能の両方を備えています。下地窓(したじまど)や竹の棹縁(さおふち)天井などに数奇屋風の特徴があらわれています。 茶の間
上の間  上の間には、付け書院、床の間、床脇の座敷飾りが設けられています。天井板は木目の美しい屋久杉といわれております。このような室内意匠は尾州久田流の久田栄甫(えいほ)宗匠の指導を受けたと言われてますが、2代目内田佐七の意向も強くあらわれていると考えられます。 上の間
中庭 靴脱ぎ石  座敷の部屋に上がるためのぞうり石があります。くらま石とねぶかわ石で、津藩の藤堂家から送られたものです。 靴脱ぎ石
網代
(あじろ)
 外との境の垣根は、網代が使われています。斜め、縦、横に杉皮で編まれています。 あじろ
蔵と小屋  屋敷周りには、文庫蔵・納戸蔵・箱蔵・米蔵、味噌小屋・漬物小屋・薪物小屋などが配置され、井戸も4か所に機能的に造られています。 蔵
内田家の歴史  内田家は、江戸時代後期から明治初めにかけて活躍した内海廻船の有力船主でした。1818年に不知波船(いさばぶね)と呼ばれる小型の船を購入して廻船経営を始めました。、その後、幕末には、10艘近くの船を所有、津にも出店を持つ大船主に成長しました。このような内海廻船の活躍を知ることができたのは、この内田家に大量の古文書が保存されていて、平成のはじめに南知多町誌編さんを機に、その文章が公表され解読と研究が進んだことによるものです。
 明治時代に入り、蒸気船や鉄道の登場、経済構造の変化などによって廻船j経営が難しくなると、他の業種に経営の重心を移し、廻船業から撤退しました。4代目佐七は、サンドスキーを成功させ、銀行の開設に寄与し、いち早くバスの営業(現知多バスの創始者)にも着手しています。
案内図
 公開日(毎土・日曜日、祝日)以外で入館を希望される方は、社会教育課又は、
 ボランティアガイド事務局にお問合せください。
 なお、利用許可申請書のダウンロードは社会教育課のページからできます。
 ダウンロードしてFAX又は、MAILに添付をお願いします。
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